NHK大河ドラマ「黄金の日日」や映画「影武者」などで知られ、10年に俳優を引退していた根津甚八さん(本名・透=とおる)が29日昼、肺炎のため、都内の病院で死去した。69歳だった。

 とにかく、黙って、笑っている。そんな人だった。

 釣りが趣味と聞き、エッセーの連載記事「根津甚八のフィッシュ・オン」を企画、担当した。当時、新人の釣り記者だった私は、寡黙な彼に、とにかく毎日のように会いに行っていた。秋晴れのある日、都内の自宅にうかがうと、新車のポルシェが止まっていた。上機嫌そうにこう言って笑った。

 「秋田の渓流を見に行けば、慣らし運転は大丈夫だろ」

 私は黙って助手席に乗った。4時間ほどのドライブをほぼ無言で終え、自宅に戻った。秋田へは行かなかった。

 毛バリを巻くのが好きだと聞いていたので、巻く姿を見たいと伝えると、自宅に招き入れてくれた。1時間ほど無言。そして大きな目を輝かせ、完成品を手に満面の笑みで「どう?」。

 何て楽しそうな人生を生きている人なんだろう、そう思った。その後は、お目にかかるたびに「ロシアでベニザケを釣ろうぜ」「カナダに行こう」などと話しかけてくれた。同行取材はかなわなかったが、黙ってお供したかった。【元日刊スポーツ記者・荒牧公哉】