昨年、心を揺さぶられた映画の1本に米映画「キャロル」がある。ケイト・ブランシェットとルーニー・マーラの女性同士の恋愛にハラハラさせられ、引き込まれた。

 舞台は1950年代。文字どおりのセクシュアル・マイノリティーだった彼女たちの純な思い、そして悔しさがひしひしと伝わってきた。周囲の男たちが偏見の塊で、情けなく、こうはなりたくないという輩ばかりだったこともある。トッド・ヘインズ監督は当然そうし向けるように撮ったのだろうが、すっかり彼女たちに感情移入してしまった。

 転じて、「彼らが本気で編むときは、」(25日公開)の舞台は現代の日本である。生田斗真ふんする介護士のリンコは性同一性障害。書店員のマキオ(桐谷健太)とのカップルは「キャロル」の時代から60年余りを経ても偏見にさらされ、周囲には大小の摩擦が生じる。

 一方で、母親(田中美佐子)がリンコに注ぐ無条件、無制限の愛情や、マキオの姪っ子トモ(柿原りんか)とリンコの間でしだいに太くなる母娘のような感情が心に染みる。

 恥ずかしながら、中盤から涙腺が決壊してぼろぼろになってしまった。職業柄不感症気味になっているのは否めないし、試写室特有の冷静な空気もあったはずなのだが…。加齢の影響かとも思ったが、上映後に近くの席にいた女優I・Kさんの顔をチラ見すると、これがたいへんなことになっていた。安心した。これは本気で泣いていい映画なのだ。

 荻上直子監督は映画資料の中にこう書いている。

 「20代の6年間をロサンゼルスで過ごした。映画学校で英語の壁に太刀打ちできず、ひとり黙り込み息を潜めていたら、男の子が話しかけてくれた。『大丈夫?英語わかる?何でも聞いてね』と。彼は、その後もなにかと私を助けてくれた。ゲイだった-」

 「彼ら」の気持ちを分かったように書くのは気が引けるが、日頃周囲からちくちく、ぐりぐり傷つけられているからこそ、人の痛みが分かるのではないかと思う。だからこそ、異国でどうしようもなく心を閉ざす東洋人の女性にそっと救いの手を差し伸べることができたのではないか、と。

 この映画には、そんな気遣い、優しさが満ちている。言葉では表現しきれないニュアンスが、しぐさや表情、背景から伝わってくる。映像にした意味がこれほど分かりやすい映画もない。

 作品の説得力はリンコのリアリティーにも負うところが大きい。生田がていねいな役作りをしている。

 「撮影前にトランスジェンダー(性自認が身体的性別と対応しない状態)の女性たちに話を聞きました。実際、僕の友人にもトランスジェンダーの方はいるので、一緒に食事をしながらいろんな話を聞かせてもらいました-手術も済んで、戸籍も女性に変えている人は自信を持っていているんです。変に女性っぽくしなくても、自分は女性であるという確信を持っている。リンコは陰口をたたかれたり、あなたは女性じゃない、母親になれないと言われたりして傷ついているとは思います。でも、すでに体が女性であるリンコには自信もあると思ったので、自然な女性に映るようにと思いました。トモの存在が大きく、この子の母親になりたいと心の底から思えた。それがリンコの強さだと思います」

 年が明けてまだ1カ月だが、今のところ、この作品が今年のマイベスト1になっている。【相原斎】