人間国宝でもある歌舞伎俳優中村吉右衛門(73)による「秀山祭九月大歌舞伎」が1日、東京・歌舞伎座で始まった。「秀山祭」は6代目尾上菊五郎とともに「菊吉時代」を築いた祖父の名優初代吉右衛門を顕彰し、その芸を継承するめに2代目吉右衛門が始めたもので、今年で10回目を数える。

 今回は昼夜5演目中、秀山祭初登場が4演目で、初代ゆかりの演目が並ぶ。特に吉右衛門が出演する昼の部「極付幡随長兵衛」の幡随院長兵衛、、夜の部「ひらかな盛衰記 逆櫓」の松右衛門実は樋口次郎兼光は、初代の当たり役だった。

 初代が亡くなる1年前の1953年の歌舞伎座で、初代の長兵衛に息子の長松を演じた。「思い出深い芝居です。初代はお客様の気持ちをがっとつかみ、長兵衛として登場します。その後、実父の(松本)白鸚がやっており、その貫禄を見て、これはできないなと思っていましたが、なんとかやらせていただけるようになりました」。演目名に「極付」とあるが、「自分の長兵衛が『極付』になれたらいいな。それが希望で、努力の目標です」。

 吉右衛門は男の子がいなかった初代の家に、孫でありながら、養子として入った。48年の初舞台では「俎板長兵衛」の長松とともに、「逆櫓」の槌松を演じた。普段は「坊」と呼んで、かわいがっていた初代も、舞台では一変した。「初代の樋口が、血だらけの顔で、『若様』、という思いで槌松をぐっと見る。それが怖かったんでしょう。化粧をし始めると泣きだして、初舞台をやめさせられ、お弟子さんの息子に代わりました。前代未聞のことで、よくここまでやってこられたなと思います」。

 吉右衛門が松貫四として書いた夜の部「再桜遇清水(さいかいざくらみそめのきよみず)」は、こんぴら歌舞伎の第1回公演で、吉右衛門が早替りで清玄と浪平の2役に挑んだ。今回は甥の市川染五郎が2役を早替りで演じる。昼の部「毛谷村」で婿の尾上菊之助をはじめ、「秀山祭」には数多くの若手たちが出演している。「稽古、修業を懸命にやり、人の芝居を見る。先人の教えを教わり、いろんな芝居に出ることが大事なこと。ただ、役の心をお客様に伝え、感動させるのは至難の業。教えるのは大変で、自分でやるほうが数倍楽です」。

 初代が亡くなって63年たったが、吉右衛門はその芸の継承を愚直と思えるほどに続けている。「初代のやり方、いいじゃないかと思っていただくのが秀山祭の目的。命を賭けてやってきて、天職、天命と思っています」。その覚悟の末に、今の吉右衛門の至高の芸がある。【林尚之】