パメラ・トラバースの小説をもとに1964年、ジュリー・アンドリュース主演で世界的大ヒットを記録したディズニー映画『メリー・ポピンズ』。世界的に知られる名作を、ディズニーと、『オペラ座の怪人』『レ・ミゼラブル』などのサー・キャメロン・マッキントッシュがプロデュースし2004年にミュージカル化した『メリー・ポピンズ』が2018年、日本初演を迎える。

多くの問題を抱えた一家・バンクス家にやってくる子守、メリー・ポピンズが傘で飛ぶ姿は多くの子供たちの憧れとなった。そのメリーのそばにいる親友・バートは煙突掃除夫や大道芸人、絵描き、凧売りなどいつも違う仕事をしており、バンクス家の子供達と関わっていく。

「チム・チム・チェリー」「スーパーカリフラジリスティックエクスピアリドーシャス」など、誰もが口ずさめる名曲を盛り上げる陽気なバートをWキャストで演じるのは、俳優の柿澤勇人。劇団四季での経験を経て、『スリル・ミー』『デスノート The Musical』『フランケンシュタイン』など話題作へ出演し続ける柿澤に、同作への意気込みや、これまでの経験について話を聞いた。

  • 柿澤勇人

    柿澤勇人 撮影:宮田浩史

どんなにきつくても、求める一瞬がある

――柿澤さんは、以前ニューヨークに行った際に、着いた当日に『メリー・ポピンズ』を観劇されたそうですね。

7~8年前にニューヨークに旅行したのですが、作品をリストアップしてくれた現地の友達には、「入国した日は疲れているだろうから、何も観ない方がいいよ」と言われていたんです。でもサブウェイで上がったらマンハッタンの42丁目に出て、「せっかくだから何か観たい」という気分になり、『メリー・ポピンズ』を観ました。まさか数年後に自分がやるとはまったく思ってなかったので、何か縁があったのかな、なんて思いました。

――ご覧になったときってどういう感想を持たれました?

華やかなエンターテインメントでしたし、改めて楽曲の素晴らしさも感じました。どの曲を切り取っても、1回は聴いたことがありますし、あたたかい気持ちになって帰れます。

あとは、フライングがあるんですよね。壁をつたって一周するなんて、他にないと思いました。ただ今回、ワイヤーで吊られるのは僕ですから、本当に命がけです(笑)。いや本当に、怖いんですよ。

――高いところは苦手なんですか?

そこまで苦手ではないんですが、逆さになるし、命がけの気分ですよ! 『ライオンキング』でフライングを1回やっているので経験はありますが、網元の方々と信頼関係を持って任せるしかないです。さらにダンスもタップもありますから、盛り沢山ですね。

――今までに出演されたなかで、そこまでハードな作品はありましたか?

20歳の時に出演した『人間になりたがった猫』というファミリーミュージカルは、タップこそありませんでしたが、すごく踊っていました。その時も死ぬほど稽古したんですけど、それ以降はもう踊らないと思っていたので、ここへきて……と思いました(笑)。

――踊りもあり、高いところでのタップもあり、ワイヤーアクションもありで、今まで史上最高難易度に近い大変さ、でしょうか?

そうかもしれないですね。

――そういった大変な思いをしても、舞台に立ち続ける、原動力はどのようなところにあるんでしょうか?

うーん、難しいですね。しんどい割合の方が、全然多いです。「楽しい」と思うのは、たぶん本当に、一瞬なんです。結局、芝居って虚構じゃないですか。そこにいるのは僕ではなく、役なわけで、全部嘘。でも嘘をやり続けて、ふとした時に、本当に本心で会話ができる瞬間がある。楽しいのは、その時です。

よく「大きな声が出て、歌えて、気持ちいいでしょう」と言われますが、舞台上ではまったく思ったことがありません。カラオケは大好きですが、舞台上ではお金をもらっている責任もあるし、歌は芝居だと思っています。きつい曲を歌っている時はきついし、楽しい曲を歌っているときも、大概きついです(笑)。

――それだけきつくても、楽しい一瞬を求めてしまうんですか?

そうなんです。完璧な楽しさを目指すとしたら、果てしないですよ。「完璧だ」と思ったら、たぶんもう、役者をやっていないかもしれないです。

――今回の作品の中では、そういう瞬間を掴めそうだなという予感はありますか?

今回は、挑戦だと思います。芝居としてとらえるか、エンターテインメントだととらえるのか。後者だと思っていますが、エンターテインメントだとしたら、自分はどうやって役者として向き合わなきゃいけないのか、挑戦になると思います。

――会見でもおっしゃっていましたが、柿澤さんが出演される作品は結構心情をさらしたりとか、人を殺したりすることが多い印象があるので、そういう意味では新しい作品なのかなとも思いました。

陰に陰に行く方が、僕の性格的には楽なんです。出すところまで出すというのは、技術的にはたぶん簡単で。でも、人を楽しませたり、あたたかい気持ちになってもらったりするのは、すごく難しいと思います。「それっぽく」という気持ちでやったら、とんでもなく嘘っぽくなるし……そこはやはり、芝居が大事なのかな。すごく苦しむと思います。子役の子たちも本当にピュアなので、彼らと対峙するのも勉強の日々になりそうです。