2月24日に心不全で死去した左とん平さん(本名肥田木通弘=ひだき・みちひろ、享年80)のお別れ会が3日、東京・青山葬儀所で開かれた。発起人の里見浩太朗(81)や加藤茶(75)ら親交のあった関係者約900人が別れを惜しんだ。

 「葬儀はとことん盛大にやってくれ」。08年に出演したバラエティー番組で作った遺言通りのお別れの会だった。祭壇は白と青を基調とした約6500本の花で飾られ、中央には同葬儀場では初という190インチのモニターが設置され、左さんがグラスを片手にほほ笑む遺影が映し出された。

 発起人代表を務める里見は弔辞で「とんちゃん、こんなに早くお別れの言葉って夢にも思っていなかったよ」と左さんに呼び掛けた。味わいのある風貌と演技で、名バイプレーヤーだった左さんは、仕事だけでなくゴルフやマージャンなど趣味も多彩だった。里見は「ゴルフなのに、朝8時ごろマージャン屋に迎えに行ったこともあったよね。そういう時にかぎって、スコア出るんだ」と、エピソードを明かし、「もう1度、仕事をしたかった。もう1度、遊びをしたかった。しょうがないね。僕はもうちょっと、仕事するよ」と語り掛けた。

 12年に亡くなった小野ヤスシさん、左さんと「3兄弟」と呼ばれるほど仲が良かった加藤茶は芸人ならではの、ユーモアたっぷりの弔辞を読んだ。左さんが賭博で逮捕されていることから「何をやるのも一緒だった。でも、捕まったのはとんちゃんだけ」。舞台に誘われたことも明かし「演技を優しく、時に厳しく教えてくれました。そこが、長さん(いかりや長介さん)と違うところ」とブラックジョークで笑いを誘い、コミカルな演技で親しまれた左さんらしい笑いのある会となった。