NHKでラジオ体操が放送されるようになってから今年で90年になるという。高齢者が集う早朝のラジオ体操会はよく見かける光景だ。定年退職した男性がラジオ体操を通じて「地域デビュー」する姿をコミカルに描いたのが「体操しようよ」(菊地健雄監督、9日公開)である。

主演は草刈正雄(66)。妻に先立たれ、一人娘(木村文乃)と暮らしてきた実直なサラリーマンが、定年退職でルーティンワークから外れたとたんに行き場を失う様を好演している。高齢化社会の「生きがい探し」をラジオ体操に重ね、現代の一面をとらえた作品といえる。主人公の指南役、ラジオ体操会の会長にふんしたきたろう(70)に聞いた。


■いろんなドラマがあるラジオ体操


-最初に脚本を読んだときの印象は

きたろう ラジオ体操って地味だし、誰が見るんだろうって。でも、読み進めていくと、いろんなドラマがあって、何より底辺に流れる何でもない日常がすごく気持ち良かった。

-ラジオ体操にはどんな印象をお持ちですか

きたろう 子どもの頃は夏休みにスタンプをもらう、ただそれだけのものだった。撮影前に先生が来て「ラジオ体操の何たるか」を教わったんです。ここは背筋をこう、ここは手をこうって、もう細かくてやんなっちゃった。難しい。極めると深いんですよ。僕のやった会長さんは「そこそこ元気にやりましょう」っていうキャラクターだから、みんな集まって適当に動いていれば十分じゃないっていう考え方。極めようって人とは相いれない。ラジオ体操なんかでもめるのかって思うけど、そんなところにもトラブルのタネはあるんです。

-ロケ地の千葉県房総の自然も印象に残りました

きたろう (野島崎)灯台下に広がる公園でのラジオ体操は気持ちよかった。空を見上げればトンビが飛んでいたりして。でも、昼休憩で、そのトンビに弁当盗られそうになった。怖かったあ。後ろからバサバサって来て、ハシだけくわえて飛んでったの。自慢げに旋回してね。それは食えないってことがヤツらには分からないんだね(笑い)。なぜか僕だけを狙うんだな。過去にカラスにも2度襲われたことがあるんです。鳥はちょっと怖い。あれからは、嫌われないように心の中で「カラス様」って思うようにしてきたけど、まさかトンビがねえ。


■当たり前のふれあいが減った今こそ


-年配の男性が主人公の作品。きたろうさんも8月で70歳になりました

きたろう 年取ったからじゃないかもしれないけど、僕はよく道を聞かれる。話しかけられる。それは全然嫌じゃない。ネット社会になって、そういう当たり前のふれあいが減った気がします。深く干渉し合うとまたいろいろあるから、「おはよう」くらいのラジオ体操がちょうどいい。そんな風に思えるようになりましたね。最近、僕もラジオ体操に行ったことあるけど、そこは50人くらい。ラジオだけ置いてあってみんなてんでんばらばら。いろんな方を向いて勝手にやってる。年取ると、みんなそれぞれ思いというかこだわりがあるから、それくらいがちょうどいい。

-劇中ではずいぶんアドリブを入れていますね。それを受けて、草刈正雄さん演じる生真面目な主人公がおちゃめに見えてくる

きたろう 草刈さんとの絡みは天候の関係で、一番重たいシーンの撮影から始まったんです。それが良かったのかも。いきなり空気のようなものができあがった。草刈さんは独特のすばらしいものを持っていますから、こちらも自然に言葉が出てくる感じでした。

-和久井映見さん(47)が体操会のマドンナ的な存在になっています

きたろう あんな人は現実にはいないね。夢物語ですよ。あんな人が1人でもいたら、どんどん人が増えちゃうよ。


■シティボーイズはやりたいことやれた


-きたろうさんもデビューからほぼ半世紀です

きたろう 小学校のころから人前で何かやるのが好きだった。ウケると気持ちよかった。高校の時に演劇部に入りたかったんだけど、女の子ばっかりで恥ずかしくて落語をやってました。大学ではすぐ演劇部に入ったし、地元の演劇とプロっぽいのと三つ掛け持ちしました。うまいからね(笑い)、ひっぱりだこなの。大学は学生運動が盛んな時代で、自分たちが賢くないのに「啓発的な」芝居ばっかりになっちゃった、面白くないの。楽しくない。だからコントの方に行った。シティボーイズはやりたいことやれたから。

-デビュー当時から個性を確立していた気がします

きたろう ライブはやっていたけど、そんなに仕事があったわけじゃない。不安はありました。18年目くらいの頃、伊丹(十三=監督、97年没)さんの作品に出してもらった辺り(88年「マルサの女」)に転機があったのかもしれない。伊丹さんから「きたろう、お前の背中には哀愁がある」って言われて。単なる猫背なんだけど(笑い)。僕は役者やっていていいのかなって思えたんですね。ちょうどそのころバラエティー番組でご一緒した鈴木清順監督(17年没)から、「あなたは黙って口を開けていれば、仕事はどんどん入ってくる」って言われた。あくせくしなくていいんだってあの時思えたんですね。役者は待つのが仕事で、本当は待つの大嫌いなんだけど(笑い)。

肩の力の抜け加減は、今回の作品に漂うおっとりと心地よい空気に重なっているように思える。見どころは「草刈さんのかっこよさと、菊地(健雄)監督がこだわったカリフォルニアのような陽光」だという。【相原斎】(ニッカンスポーツ・コム/芸能コラム「映画な生活」)

「体操しようよ」の1場面 (C)2018「体操しようよ」製作委員会
「体操しようよ」の1場面 (C)2018「体操しようよ」製作委員会
「体操しようよ」の1場面 (C)2018「体操しようよ」製作委員会
「体操しようよ」の1場面 (C)2018「体操しようよ」製作委員会