「湯を沸かすほどの熱い愛」(16年)で母、妻との別れを描いた中野量太監督が、今度は父との別れを描いた。認知症を患いゆっくりと記憶を失っていく父(山崎努)、明るく支える母(松原智恵子)、2人の娘(竹内結子、蒼井優)の家族の物語だ。

認知症の症状は、ゆっくりと確実に進行していく。2年ごとに描かれる章が次の章に移るたび、山崎が演じる父の変化に驚く。見る側でいながら物語を振り返り、まだあのころはあんなことも話していたし、漢字ドリルもやっていたな、なんて思い返したりして切なくなった。

とはいえ、父の中には変わらない何かがあって、ふとした拍子に、触れることができる。何十年の時を経てもう1度プロポーズする時の真剣な表情には泣いた。純なかけらがころんとむき出しになって表に出てきたようだった。

とかくつらくなりがちなテーマではあるが、すっごくつらくならなかったのは、家族の明るさと優しさに救われたからだ。天然さがかわいらしい母、自分たちの家庭や仕事、恋で悩みを抱えながら仲の良い姉妹。どこか通じ合っていた孫。幸せな長いお別れを見た。【小林千穂】

(このコラムの更新は毎週日曜日です)