政府の要請を受けて、文化イベントなどの中止が相次ぐ中、劇作家で演出家の野田秀樹(64)が「公演中止で本当に良いのか」との意見書を、今月1日に公式ホームページで発表した。

野田は、「一演劇人として劇場公演の継続を望む意見表明をいたします。感染症の専門家と協議して考えられる対策を十全に施し、観客の理解を得ることを前提とした上で、予定される公演は実施されるべきと考えます」と主張。スポーツイベントは無観客で開催されるが、「演劇は観客がいて初めて成り立つ芸術です。スポーツイベントのように無観客で成り立つわけではありません。ひとたび劇場を閉鎖した場合、再開が困難になるおそれがあり、それは『演劇の死』を意味しかねません。もちろん、感染症が撲滅されるべきであることには何の異議申し立てするつもりはありません。けれども劇場閉鎖の悪しき前例をつくってはなりません」と訴えた。

さらに、公演を続けたり、準備をしている演劇人についても「この困難な状況でも懸命に上演を目指している演劇人に対して、『身勝手な芸術家たち』という風評が出回ることを危惧します。公演収入で生計をたてる多くの舞台関係者にも思いをいたしてください」と呼びかけた。相次ぐ公演中止にも「劇場公演の中止は、考えうる限りの手を尽くした上での、最後の最後の苦渋の決断であるべきです。『いかなる困難な時期であっても、劇場は継続されねばなりません』。使い古された言葉ではありますが、ゆえに、劇場の真髄(しんずい)をついた言葉かと思います」としている。

意見書には平田オリザ、ケラリーノ・サンドロヴィッチらの演劇人が賛同するコメントを発表する一方で、ネットでは反発する声も数多く上がっている。東宝、松竹などの大手から中小の劇場でも公演中止が広がり、公演を続ける劇場に見に行っても、観客は普段よりも少なく、キャンセルも続出しているという。公演する劇団には「こんな時になぜやってるんだ」と抗議の電話もあるという。

野田は11年3月の東日本大震災の時も、独自の見解を公表している。多くの劇場が中止を続ける中、NODA・MAP「南へ」公演を自身が芸術監督を務める東京芸術劇場で5日ぶりに再開した時、野田は開演前、再開を決めた理由を場内アナウンスで説明した。

「4日間、劇場の灯を消しました。私は、その間、居心地悪く暮らしました。日頃『ろうそく1本があれば、どんな時でもやれる。それが演劇だ』と言っていたからです。現実にはそのろうそく1本も危険だと思いこみ、自分の首をしめるような自主規制下におかれている気がします」と語り、「音楽や美術や演劇が不自由になった時代がどれだけ人間にとって不幸な時代であったか、それは誰もが知っていることです。劇場で守る心というのは、人間の営みに欠かせないものです。日常の営みを消してはならないように、劇場の灯も消してはいけない。だから一日でも早く、再開したかった」と。

公演中止の動きが広がる中で、野田は沈黙する選択肢もあったのに、あえて、意見書という形で自らの思いを明かした。政府の一声で横並びとなる風潮に、ある種の居心地の悪さを感じる人も多いだろう。新型コロナウイルスの感染拡大は防ぐことは大前提だが、安易に同調しないことへの批判は、東日本大震災の時にもあった。今回も、野田の意見に賛否の両論の声が渦巻いた。野田は2月下旬からニューヨーク公演のため米国に滞在しており、日本の状況との間に多少の温度差はあるのは確かだろう。しかし、世の中の動きに流されず「異論」を堂々と主張する勇気と覚悟が、野田にはある。【林尚之】(ニッカンスポーツ・コム/芸能コラム「舞台雑話」)