近作と言っても、もう6年前になるが「グレース・オブ・モナコ」(オリビエ・ダアン監督)には印象的なセリフがあった。

ニコール・キッドマン演じるグレース・ケリーはモナコ大公レーニエ3世と結婚して6年、女優業からは退いているが、いまだに公妃としての立場になじめない。そんなとき「ヒッチから台本が来てるの」と周囲にもらす。ちょっと自慢げで、喜びが隠しきれない。

ヒッチとはアルフレド・ヒチコック監督のことで、ハリウッドへの未練を象徴するセリフである。ロジャー・アシュトン=グリフィスのそっくりさんぶりも記憶に残っているが、わずか2年で3本の傑作を生み出した2人の名コンビを思い出す。

絶頂期の56年に26歳で公妃となったグレース・ケリーの女優活動期間はわずか5年。ヒチコックは54、55年の2年間で「ダイヤルMを廻せ」「裏窓」「泥棒成金」の3本で彼女をヒロインに迎えている。

「ダイヤル-」は殺人容疑を掛けられる資産家役、「裏窓」では殺人事件の謎解きに協力する好奇心旺盛な娘役、「泥棒成金」では謎多き元怪盗に複雑な思いを抱く資産家の娘-それぞれまったく違う設定ながら、ヒチコック好みの「活発なブロンド女性」を体現している。そして何とも言えない気品がある。数多いヒチコック作品の中でも、この3本が傑作といわれるゆえんだ。

公妃となってからの苦悩を描いた「-オブ・モナコ」とこの3本を続けて観ると、2人の信頼関係、そこから生まれた作品の質の高さが実感できる。配信、DVDで旧作の鑑賞が容易になっていることもあり、巣ごもり生活ならではのまとめ見も一興だ。