8月21日に公開された映画「糸」(瀬々敬久監督)で俳優の菅田将暉さんとダブル主演を務め、圧倒的な存在感を示している女優の小松菜奈さん。長い手足に小顔というスタイルを武器にモデルとして活躍後、中島哲也監督の映画「渇き。」(2014年)で、優等生ながら裏の顔を持つ女子高生・加奈子をハードに演じ、衝撃的な長編映画デビューを果たす。あれから6年、さらなるパワーアップを遂げている小松さんの魅力に迫る。
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現在24歳の小松さんのフィルモグラフィーを振り返ると、最初に気づく特徴は、圧倒的に映画出演が多いということ。主演作を何本も重ねるなど、映像界での彼女の実力は広く知れ渡っているが、その割にはドラマへの出演が少ない。そこには本人も口にしている“映画愛”が強く影響していると思われるが、スクリーンが彼女を呼び寄せているとも言えるだろう。
「渇き。」で、いきなり“厳しい現場”と言われている中島組を経験した小松さん。しかも、映画のキャッチフレーズは「愛する娘は、バケモノでした」。しかし、スクリーンに映し出された小松さんは実に堂々としており、演じているというよりは、本能の赴くままに“動いている”という感じがした。
その後、「近キョリ恋愛」(2014年)や「黒崎くんの言いなりになんてならない」(2016年)など、少女マンガ原作の王道ヒロインを演じつつも、同時に「ヒーローマニア-生活-」(2016年)や「ディストラクション・ベイビーズ」(同年)では、劇中でスイッチが入ると、ガラッと人柄が変わるような瞬発力を見せつけ、役柄の幅を広げていく。
“スイッチが入る”という言葉を使ったが、小松さんの芝居を見ていると、一人の女性を演じていても「これが同じ人間なの?」と感じさせるような視線を見せることが多い。前述した「ディストラクション・ベイビーズ」で演じた那奈という役は、前後半でまったく印象が異なり、特に小松さんのスイッチングのすごさを感じさせられた作品だ。
「糸」で、「ディストラクション・ベイビーズ」、「溺れるナイフ」(2016年)以来、3度目の映画共演となった菅田さんは、小松さんの印象を「制御不能のダンプカーみたい」と表現した。非常に動物的で役に入り込むと、その後はどう動くかも予測不能になるという。
菅田さんの言葉を聞いて、小松さんの過去の作品を見ると「なるほど」と思わされる。小松さんの演技は、観客に良い意味で“圧”をかけてくる。それは、予想と違う方向から感情が投げ込まれてくるから、自然と彼女の演技に見入ってしまうのだ。
マーティン・スコセッシ監督の「沈黙 -サイレンス-」(2017年)、「来る」(2018年)、「さよならくちびる」(2019年)、「閉鎖病棟 -それぞれの朝-」(同年)などの作品でも、スイッチが切り替わる演技を披露してきた小松さん。最新作「糸」では、北海道で生まれた少女・園田葵の半生を演じた。
葵は、13歳で菅田さん演じる漣と運命的な出会いを果たすものの、劣悪な家庭環境により母親と共に北海道を出ることに。そこから葵はしっかりと生きる強い女性になろうと、東京、沖縄、シンガポールなど世界中を自分の足で駆け巡る。
葵は非常に活動的で、目標を持って突き進む女性であるが、そこには非常に多くの困難が降りかかってくる。ときには挫折しそうになり弱さも見せるが、そこで歯を食いしばりながらも前を向く“いじらしさ”が多くの人々の共感を呼ぶ。
その“いじらしさ”がもっとも良く出ているのが、涙を流すシーン。物語の中で、葵は何度も泣くシーンがある。小松さん自身、泣くシーンは苦手だというが、それぞれ意味の違う涙に対して、台本をしっかり読み込み準備をしつつも、頭で考えるよりも、その場で感じたものを素直に出すことを心がけたという。この言葉通り、涙のシーンはそれぞれグッと入り込むことができる、作品の見せ場となっている。
現場で感じた感情をストレートに出すというのは、もっとも純度の高い表現である一方、映画やドラマという枠が決まっている世界では、入りきれないという危険性もある。しかし、多くの製作者が小松さんを起用したいと思うのは、その予期せぬ表現を捉えたいと思うからなのではないだろうか。
本作以外にも、11月公開の「さくら」や、来年公開予定の「恋する寄生虫」などの待機作もある小松さん。20代半ばに差し掛かり、さらなる飛躍が期待される実力派女優だ。(磯部正和/フリーライター)
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