映画「スパイの妻」の黒沢清監督(65)が、第33回日刊スポーツ映画大賞・石原裕次郎賞の監督賞を受賞し28日、発表された。新型コロナウイルス感染拡大により、エンタメ界も大きな打撃を受けた1年だったが、映画監督として「不要不急」なものへの思いも新たにしている。

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「スパイの妻」で9月にベネチア映画祭銀獅子賞(監督賞)を受賞したばかりだが、国内の映画賞も格別という。

黒沢 国内で評価されたことがほぼないので(笑い)。日本のお客さまに向けて作っているので、多くの方に見てもらえたならうれしいし、励みになります。

作品は、東京芸大大学院の教え子である浜口竜介(42)、野原位(37)の両監督のオリジナル脚本。「黒沢監督に撮ってほしい」と持ち込んだ“師弟愛”が、最高の形で実を結んだ。

黒沢 教え子から脚本を託されたプレッシャーや義務感はなかったですね。本当に脚本が面白くて、よく僕に持ってきてくれたと。絶対実現させようという映画作りの欲望を貫き通せた。師弟愛とよく言われますが、卒業してずいぶんたつので、彼らも師弟関係とは思っていないんじゃないかな。企画を実現させるため、多少のベテランに声を掛けてみた、みたいな(笑い)。

賞は「おまけみたいなもの」だという。

黒沢 本音を言うと、出来上がって、映画館で公開されたことで僕らは100%満足。映画って、いくら欲望があっても1本撮って公開にたどり着けるのって大変なことなんですよ。満足いく形で仕上がって、映画館にかかっただけでよくやったと。

作品は、開戦前夜の1940年を舞台に、国家機密を知った貿易商夫婦の驚くべき行動を描いたラブサスペンス。選考会では「ものが言えない、今の時代とシンクロする作品」と高い評価を集めた。

黒沢 今の時代に通じるものがあれば、とは思いますが、この作品が素晴らしいのは、サスペンスやメロドラマが分かりやすくある娯楽映画であるということ。戦争の時代を扱って、娯楽性がちゃんとあるというのは日本映画では本当に少ないので。

蒼井優、高橋一生の起用も当たった。

黒沢 理詰めで考えていくと飛躍や矛盾のある役なんだけど、蒼井さんはそこを恐れず取り組んでくれた。高橋一生さんは、あの年代ではいちばんうまい俳優ですよね。1940年代のせりふ回しや、タマムシ色の本心など、難しいことをなんなく演じてくれました。2人のうまさに負うところが大きかったです。

今年のエンタメ界は、コロナ禍で大きな打撃を受けた。映画やドラマの撮影が止まり、劇場も長く休業状態となった。

黒沢 映画を作れるのか、映画館はどうすればいいのか。医療や政治の専門家ではない自分たちは何も分からなくて、お上がダメというからダメらしい、閉鎖しろというから閉鎖せざるを得ないという現実がつらい1年でした。

「不要不急」という言葉に誰もが傷ついた1年でもある。映画界も、そのワードに悩み抜いた。一方で、今回石原裕次郎賞を受賞した「鬼滅の刃」の大ヒットには刺激を受けたという。

黒沢 驚異的ですよね。作品の力であることは間違いないとして、一般大衆はこんなにも不要不急なものを欲していたんだと、露骨に分かったのは痛快でした。来年の映画界がどうなっているのかは、正直分かりませんが。

世界のクロサワから、次世代のクリエーターに伝えたいことを聞くと、「映画と実年齢は関係ない」と明快な答えが返ってきた。

黒沢 映画は、若くなくても若々しく撮ることはいくらでもできる。宮崎駿さんのように、80になっても若者が押しかけるものを撮るのは可能。年齢と関係なく、いつまでも若くあれるのが映画の魅力で、僕もそうありたいと思っています。

◆黒沢清(くろさわ・きよし)1955年(昭30)7月19日、兵庫県生まれ。立大時代に8ミリ映画製作を始め、88年「スウィートホーム」で初めて一般商業映画を手掛ける。「CURE」(97年)以降、ホラーサスペンスの分野で世界的な注目を集め、「トウキョウソナタ」「岸辺の旅」「散歩する侵略者」など話題作多数。東京芸大大学院映像研究科映画専攻教授。

【梅田恵子】(ニッカンスポーツ・コム/芸能記者コラム「梅ちゃんねる」)