田中邦衛さんの演技を間近に見たのは、映画「夜叉」(85年=降旗康男監督)のロケが最後だったと思う。

高倉健さんが10年ぶりに入れ墨を背負った元博徒を演じた作品で、「網走番外地」シリーズを通して健さんの舎弟役にふんしていた田中さんに白羽の矢が立ったわけだ。ビートたけしの出演が先に決まっており、健さんからは「漫才の稽古をしよう」と、むちゃぶりのような誘われかたをしたが、「網走-」の劇中そのままに健さんを尊敬していたので、一も二もなく引き受けた。

当時は「北の国から」の人気でプチブレークのような状態で、ドラマの熱くてややくどい演技で世間のイメージは固まっていた。が、気のいい漁師役の田中さんにドラマのようなアクはなく、むしろさらっとした雰囲気で健さんにからみ、往年のコンビぶりをほどよく連想させた。生真面目な表情の待ち時間から、一瞬でその世界に入った。

さかのぼれば、加山雄三の「若大将」シリーズで宿敵・青大将を演じていた頃はもっとはじけた感じだった。時々の作品だけを見れば、どれもがまるで地でやっているように、一本調子にも見えたが、振り返ってみれば演技のグラデーションは鮮やかだ。田中さんの似て非なる演じ分けを改めて思う。【相原斎】