「ノマドランド」のクロエ・ジャオ監督(39)が、アジア系女性監督として史上初の監督賞受賞、「ミナリ」のユン・ヨジョン(73)が助演女優賞を受賞し、韓国人俳優として史上初のオスカーを獲得など、映画史に新たなページを刻んだ第93回アカデミー賞授賞式が幕を下ろした。

新型コロナウイルスの世界的な感染拡大の中、例年、ドルビーシアターで行われてきた授賞式も、ユニオン駅をメーンに2会場に分けて行われる、初の形式となった。授賞式中に行われてきた、映画音楽などのライブも事前収録になり、授賞式前に放送された上、大トリで発表されるのが通例だった監督賞、作品賞が主演男・女優賞より先に、早い段階で発表されるなど、例外だらけの授賞式となった。

かつてアカデミー賞の現地取材でタッグを組んだ、映画担当の村上幸将記者とロス在住の千歳香奈子通信員が授賞式後、リモートで対談し授賞式を総括した。

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村上 「ファーザー」のアンソニー・ホプキンスが、史上最高齢の83歳で主演男優賞を獲得したものの、ユニオン駅には姿を見せず、授賞式の生中継が突然、終了。日本でも「どうなっているんだ?」などと戸惑いの声が出ています。

千歳 米国内でも、インターネット上で「何、これ?」という声が多いですね。20年8月に大腸がんで43歳の若さで亡くなり、遺作「マ・レイニーのブラックボトム」でノミネートされた、チャドウィック・ボーズマンさんが受賞するものだと思っていた人が多かったという事情もあるのでしょうが…。そもそも、監督賞や作品賞の発表が早かったことなど、何であの順番だったの? という声が多いんですよ。いつもは大トリで監督賞と作品賞が発表されると、関係者がステージ上に集まり、感動で終わるところが、ホプキンスの名前が発表されて、そのまま生中継が終わったんですから…。

村上 授賞式の合間に人気アーティストのライブパフォーマンスが行われ、エンターテイメントのイベントとしても全世界から注目されていますが、今回はコロナ禍で全て事前収録され、授賞式前に放送されました。授賞式自体は、淡々と受賞作や受賞者を発表することに終始しましたね。

千歳 例年だと、レディー・ガガが歌ったりエンターテイメントやショーの要素があるわけです。コロナ禍なので仕方ない面はありますが、ノミネート作品を見ていなかったり、そもそも映画をあまり見ない人、興味のない人は、今年の授賞式を見ていても、つまらなかったと思います。3月14日に開催された米音楽界最高の栄誉・第63回グラミー賞授賞式では、ライブパフォーマンスが行われましたが、視聴率は低迷しました。アカデミー賞授賞式の視聴率は、それ以上に低いのではないかと…。

村上 ユニオン駅は、ソーシャルディスタンスがしっかり取られ、換気も良さそうでしたが?

千歳 ユニオン駅には中庭が3つもあるので、ライブパフォーマンスをやっても良かったと思いますね。グラミー賞のライブパフォーマンスも、屋外でやりましたし。あと、ユニオン駅はこれまで、150本もの映画が撮影されたロケ地としても有名です。82年「ブレードランナー」や88年「レインマン」、08年「ダークナイト」も撮影しているので、そうした名作、人気作の映像のダイジェストなどを流すかと思ったのですが、それもありませんでした。

村上 せっかく有名なロケ地をメーン会場に使うのだったら、そういう工夫はあっても良かったかも知れませんね。

千歳 授賞式のプロデューサーを務めたスティーヴン・ソダーバーグ監督は、授賞式前の会見で「みんなが映画館に戻りたくなる、映画の中に入るような授賞式にする」などと語っていたのですが…。

村上 米国では、大都市圏で映画館が約1年、休業したため、一般の人々は、そもそも映画館に行くことが出来なかったわけです。10部門にノミネートされ撮影賞、美術賞を受賞した「マンク」や「マ・レイニーのブラックボトム」はNetflixで配信されていますが…映画通は自宅で見るでしょうけれど、地味さは否めなく、一般の人が選んで見るかと言えば…。

千歳 映画に詳しいファンでもなければ、ラインアップが多く、選択肢が広い配信で映画を見るなら「マーベル」など、よりエンターテイメント色が強い作品を見るのではないでしょうか? 

村上 ユニオン駅では、各作品ごとに席がしっかり分かれ、ディスタンスが取られている中で、俳優や関係者がマスクを取って参加しており、顔はきちんと見えました。

千歳 ハリウッドの俳優やセレブは「ワクチンをしっかり接種して…」という、SNSでのキャンペーンに参加している人が多く、出席者がマスクを着けていなかった裏に「ハリウッドを以前のようにオープンするためにはワクチンだよ!!」というアピールを感じた面はあります。ただ、基本的にはリモートではなく対面で、という映画芸術科学アカデミーの方針に対し、ブーイングも多かったです。英国や欧州各国など渡航制限がかかっているような国の俳優、製作者など、物理的に移動が難しかったり、やむを得ない参加者はリモートもOKでしたが。

村上 それにしても、ユン・ヨジョンが助演女優賞を受賞した際、プレゼンターのブラッド・ピットが感激していました。ピットが率いる製作会社「プランB」が制作に関わっていますからね。

千歳 今回、ピットみたいに人気のある俳優がノミネートされなかった上、ノミネート作品も地味でした。ただ、ユン・ヨジョンが降壇する際、エスコートしたピットがウルウルしていたのは感動的でした。

村上 それにしても、助演男優賞を受賞した「ジューダス・アンド・ザ・ブラック・メサイア」のダニエル・カルーヤ(32)が「私の父と母は、まだセックスを楽しんでいる…だから、私はここにいるのです」などとスピーチしたのには、笑っちゃいました。

千歳 近くにいた女性の関係者が、頭を抱えていましたね(苦笑い)カルーヤは授賞式後、周囲に謝罪したそうですよ。

村上 オスカーを手にした壇上で、あのスピーチは…(苦笑い)

次年度の授賞式は、22年2月27日の開催が予定されている。コロナ禍の先行きが見えない中、アカデミー賞がどのような道を進んでいくか…。世界の映画界の動向も含め、見守っていきたい。