「役者は年齢を味方に付けなくてはいけない。つくづくそんな風に思いますね」

「関ケ原」(17年)で老獪(ろうかい)な家康を演じた時、役所広司(65)はインタビューで自分を励ますように言った。年とともに活動の幅が狭まるのは俳優に限らないが、年輪を重ねたからこそ出来ることもある。

「ファーザー」(14日公開)のアンソニー・ホプキンス(83)は、そんな思いを極めたのではないか。彼が演じた「認知症」は嫌になるほど生々しく、悲しく、そして愛すべきキャラクターに仕上がっている。

ロンドンで独り暮らしを送る81歳のアンソニーは「誰の助けも必要ない」と言い張って、娘アンが手配する介護人をことごとく拒否している。一見、かくしゃくとして見えるアンソニーだが、実は認知症が娘の手には負えないほど進行していて、溺愛していた下の娘のルーシーが事故死していることや、アンの現在の境遇についてもまったく理解していない。

オリジナルの舞台を手掛け、今回初メガホンを取ったフロリアン・ゼレール監督は、映画版の脚本では主人公をホプキンスに当て書きしている。

ホプキンスは「年齢も役に合い、苦もなく理解できました。だから苦労したのはセリフの暗記くらいでした。まるで痛みのない手術を受けている気分でした」と振り返っている。彼なりの脚本への最上級の褒め言葉であり、よどみないセリフ運びは逆に年齢を感じさせない。

記憶が薄れ、時系列、現実と幻覚の境界が薄れてゆくアンソニー。彼の視点に立った演出は、その感覚をダイレクトに伝える。家族や介護人の目から描かれることが多かったこの種の題材で、認知症となった本人の視線に寄り添ったところがこの作品のミソである。舞台を見ているような、どっしり構えたカメラワークも、ホプキンスの自在な演技を際立たせる。

娘アンは「女王陛下のお気に入り」(18年)でアン女王を好演したオリヴィア・コールマン(47)。メリハリの効いたホプキンスをしっかり受け止め、静かな泣き笑いで認知症の残酷さを印象づける。「(ホプキンスは)おしゃべりなのに本番になるとシュンとして、胸が痛みました」と撮影中の様子を明かす。雑談から本番へ。巧者同士のスイッチの切り替えが目に浮かぶ。

現実と幻覚を行き来するアンソニー、そして娘との関係はどこに行き着くのか。重たい題材ながら、いつの間にかミステリーのような謎解きにからめ捕られ、あっという間の1時間37分だった。

ホプキンスのアカデミー主演賞は番狂わせと言われたが、時流を超越した名演は、アカデミー会員の心にもしっかりと刺さったのだと思う。【相原斎】(ニッカンスポーツ・コム/芸能コラム「映画な生活」)