ジャニーズ事務所の藤島メリー泰子名誉会長が93歳で死去したことが公表されて一夜明けた18日、メリー氏が特に目をかけていた「たのきんトリオ」の近藤真彦(57)や田原俊彦(60)はじめ、同事務所OBや現在所属のタレントが次々と追悼のコメントを寄せた。“息子”たちは、肺炎のため今月14日に帰らぬ人となった故人との突然の別れを惜しんだ。

   ◇   ◇   ◇

近藤は所属会社「エムケイカンパニー」を通じてコメントを発表した。「悲しすぎて言葉が見つかりません。働いて働いて寝ずに働いて、笑顔で『私、昨日も寝てないのよ』が口癖でした」と追悼。「ありがとうございました。ゆっくりおやすみください」と伝え、「最後まで迷惑をかけてごめんなさい」と謝罪した。

80年「スニーカーぶる~す」で歌手デビューした近藤は、長年にわたって“長男”としてジャニーズ事務所を支え、メリー氏とは実の親子のような関係だった。昨年11月には自身の不倫報道に際し、メリー氏から「マッチらしく責任をとりなさい」と諭され、ケジメとして無期限活動休止を発表した経緯もあった。その後今年4月末をもってジャニーズ事務所を退所した。

田原は都内で、ベストアルバム「オリジナル・シングル・コレクション 1980-2021」とキーボードアプリ「Simeji」のコラボ発表会に出席。メリー氏について「厳しくて優しくて、お母さんのような存在でした。感謝しかありません」と悼んだ。

15歳で同事務所に入り、メリー氏と、弟の故ジャニー喜多川氏の元で芸能活動を開始した。田原は「たのきん(トリオ)でマッチとヨッちゃんとスタートした時から、力を合わせて盛り上げてくれた。立場上、ジャニーさんがクリエーター、メリーさんはプロデュース、政治的なもめごと含め、怖い人を演じなきゃいけなくて大変だったと思うけど、タレントファーストだった」と振り返った。けんかも多かったそうで「(メリー氏にとって)一番面倒くさいタレントだったと思う」としつつ「いろいろ指導してもらって、ディスカッションもした」と懐かしんだ。

訃報は前日に報道で知った。自宅のベランダから空に向かって「ジャニーさんに会えましたか」と話しかけたそうで、あらためて「大好きでした。ゆっくり休んでください」と呼び掛けた。