東京パラリンピック・陸上競技(28日、国立競技場)、女子走り幅跳び決勝(T64)が行われ、4大会連続出場の中西麻耶(36=阪急交通社)は5メートル27で6位入賞。目標の金メダルこそならなかったが、最後まで〝らしさ〟を貫いた。

 メダル獲得には5メートル78以上の記録が必須となる最終6本目。無情にも判定はファウルとなったが、中西は関係者からの声援に右手を挙げて応えるなど、最後まですがすがしい表情を崩さなかった。

 21歳の時に仕事中の事故で右脚を失ったが、退院後に陸上をスタート。数々の国際舞台を経験してきた一方で、練習に専念できるようになったのはここ数年の話。「私はアルバイトを3つも4つも掛け持ちしないと生活できない時期があった。そういうときって競技場で練習なんてできない。そういったときはアルバイトしながら工夫して練習をするしかなかった」。水のタンクでスクワットをするなど、目に入るものをすべてトレーニングにつなげていたという。

 だからこそ、新型コロナウイルス禍の時期でも前を向き続けた。陸上競技場が使えなくても、公園や河川敷でトレーニングを実施。「バランスの安定しないところでうまく走れるトレーニングにつながっている。その状況で練習が積めれば、正しい体のバランスが作れたときにものすごく走るのがきれいになる」。自国開催の大一番で最高のパフォーマンスを披露するべく、さまざまな練習を考案してきた。

 2019年世界選手権覇者として臨んだ今大会。初の表彰台には惜しくも届かず「今までで一番苦しい戦いだったかなと思う。今までで一番多くの方に応援していただいたのは変わりない。その期待にうまく応えることのできなかった不甲斐なさはある」と悔しさをにじませながらも「自分のやれるベストは尽くしてやってきた5年間だった。まだ応援していただけるのであれば次の雄姿も見届けてほしい」と神妙に語った。

 来年には兵庫・神戸市で世界選手権を控えている。かつて本紙に「神戸の世界選手権も視野には入っている。根強く陸上をしていくとは思うが、ただ陸上をするだけじゃなくて、社会に影響を与えられるというか、憧れてくれるような選手にならないといけない」と力強く語っていた中西。今大会の悔しさは神戸の地で必ず晴らす。