ザ・ピーナッツの「恋のフーガ」やザ・タイガースの「花の首飾り」など数々のヒット曲、そしてゲーム「ドラゴンクエスト」の音楽で知られる作曲家すぎやまこういちさん(本名椙山浩一)が、先月30日に敗血症性ショックで亡くなっていたことが7日、分かった。90歳。葬儀・告別式は近親者で行った。後日、お別れの会を行う予定。

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今年7月の東京五輪を華々しく彩ったドラクエの楽曲を手掛け、ゲームが日本を代表する文化であることを世界に示した、すぎやまさんが逝った。

東京・下谷生まれ。小さい頃からクラシック音楽を家族で親しみ、成蹊高在学中に作曲を始めた。東大卒業後、文化放送を経て、1958年(昭33)年に開局1年前のフジテレビに入社。ディレクターとしてバラエティー「大人の漫画」や音楽番組の「ザ・ヒットパレード」などを演出した。ディレクター業と並行してCM音楽の作曲家としても活動、65年にフリーの作曲家となった。

親しみやすくおしゃれなメロディーで、67年のザ・ピーナッツ「恋のフーガ」、自ら命名したグループサウンズのザ・タイガースでは67年「モナリザの微笑み」、68年「花の首飾り」「銀河のロマンス」「君だけに愛を」、72年のガロ「学生街の喫茶店」などヒット曲を連発。68年のヴィレッジ・シンガーズ「亜麻色の髪の乙女」は、02年に島谷ひとみ(41)でリバイバルヒットした。自らの楽曲の親しみやすさとポップな感覚を「ファストフード」と表現していた。

86年に発売のゲームソフト「ドラゴンクエスト」の音楽を手掛けてソフトが大ヒット。「ドラクエ現象」と呼ばれたブームの一翼を担い「ゲーム音楽」というジャンルを確立させた。その後もシリーズの音楽を担当し、関連CDが発売された。オーケストラ演奏会も開催され、ゲーム音楽がゲームのジャンルを離れてより身近なものになる原動力となった。

他に東京競馬場などのファンファーレや特撮番組「帰ってきたウルトラマン」の主題歌、アニメ、CMソングも数多く手掛けた。

テレビ界、歌謡界、CM音楽界のレジェンドでありながら、普通なら引退を考えるような還暦近くになってゲーム音楽に挑戦、新たなジャンルを確立した。その功績は偉大だ。

◆すぎやまこういち 本名椙山浩一。1931年(昭6)4月11日、東京生まれ。東大教育学部を卒業して文化放送に入社し報道部、芸能部に在籍。58年に開局準備中のフジテレビに移籍して、ディレクターとしてバラエティー、音楽番組を手掛ける。65年4月フジテレビを退社してフリーの作曲家に。86年にゲーム「ドラゴンクエスト」の音楽を担当。18年に旭日小綬章受章。20年に文化功労者。血液型O。