すさまじい暴力描写がカンヌ映画祭で賛否両論を巻き起こした仏映画「アレックス」が、ストレート・カット版に再編集され、29日、20年ぶりに公開される。発表時は、当時37歳の「イタリアの至宝」モニカ・ベルッチが容赦なく陵辱されるシーンが注目された。ストレート版は、時間をさかのぼる特異な構成を、時系列通りに編み直し、復讐(ふくしゅう)劇の色合いが濃い、まったく別の作品に仕上がった。鬼才ギャスパー・ノエ監督(58)にZOOMでインタビューした。

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-再編集のいきさつを教えてください。

「製作会社から『アレックス』のデジタル化を勧められたのがきっかけです。その時は、Blu-rayソフトの特典映像に出来ればという軽い気持ちで時系列通りにつないでみたんです。予想もしなかったんですが、オリジナル版より悲劇的で暴力的な印象が強くなりました。結末から始まるオリジナル版はまるでギリシャ悲劇のように『運命』に支配されていましたが、ストレート版には先の読めないドキドキ感が生まれた。これは新たな作品だ。劇場公開すべきだという思いに至ったわけです」

-20年たっても昔の映画という感じがしないのが不思議です。

「『新しい作品』になったのに、モニカもヴァンサン(・カッセル)もアルベール(・デュポンテル)も若いままなので、確かに不思議な気がします。ファッションや音楽も現代に通じるものを感じさせますが、ただ1つ、誰も携帯電話を持っていない。唯一時代を感じさせるところですね」

-この20年で世の中は大きく変わり、この作品の見られ方も違うと思います。監督から見て、激変したもの、そして変わらなかったものは何でしょう。

「確かに、この映画も含めて昔は映画の題材といえばセックスが多かったけど、今は紛争や人種差別がそれに変わりました。携帯電話、ソーシャル・ネットワーク…ニューヨークのツインタワーも無くなってしまった。嫌でも時代の変化は感じています。格差も拡大した。ただ20年前であれ、2000年前であれ、内面にドロドロと熱いモノを抱えた人間の本性は変わっていないと思います」

-撮影当時、夫婦だったベルッチとカッセルを起用したいきさつ、エピソードなど教えてください。

「ある映画祭でヴァンサンから『この夏、僕もモニカも空いているんだけど、何か撮らないか』と声を掛けられたんです。で、そこにアルベールを加えて、3人のためにストーリーを書きました。それが『LOVE』(15年に映画化)だったのですが、ヴァンサンが『これはちょっとエロチック過ぎる』と難色を示したので、結果として『アレックス』ができました。当時は結婚3年目だったと思いますが、2人はまるで出会ったばかりの恋人同士のように熱烈に愛し合っていましたね(笑い)。映画の中で夫婦がベッドシーンを演じるとわざとらしくなってしまうことが多いのですが、あの2人はごく自然に感情移入できていて、それが一番の収穫でした」

-暴力描写を含め、個性の強い作品ばかりなので、監督はもっと自分を押し通す人かと思いました。成り行き的な製作過程は意外な気がします

「カメラの前も後ろもいい人たちに恵まれるというのが一番だと思います。私は文筆家でもなく、スタッフ、キャストと一緒になってものを進めていくタイプです。みんなにいいアイデアが浮かび、積極的に参加してもらえるような雰囲気作りが一番大事だと思っています。雰囲気を害する余計なものを取り除いていくのが私の仕事です」

-それでも、スクリーンからはあふれるような熱量を感じます。さぞかしエネルギッシュな方なんだと思いますが、その源は何でしょう。

「たくさんのコーヒーとほんの少しのアルコールですかね(笑い)。あとはいつも興奮していること。コロナ禍で家を出られない間は、木下恵介や溝口健二の作品に力をもらいました。見ていなかった作品も多くて、心が踊りましたね」

-日ごろはどんな映画をご覧になるんですが。

「最近ではメル・ギブソンが監督した『アポカリプト』(07年)が面白かったですね。正直言うと、商業映画を見るのはもっぱら移動中の飛行機の中なんです。ハリウッドのスーパー・ヒーローものだけはダメですね。好きになれません」

-映画監督を目指したきっかけは。

「こどもの頃は心の底から泣かせてくれるような映画になかなか出会えなくて、もっぱらホラー映画を見ていました。そんな時、両親と映画館で見た『2001年宇宙の旅』にすさまじい衝撃を受けました。あれがきっかけだったかもしれませんね」【相原斎】(ニッカンスポーツ・コム/芸能コラム「映画な生活」)

◆ギャスパー・ノエ 1963年12月27日、アルゼンチン生まれ。父は画家のルイス・フェリペ・ノエ。子ども時代をニューヨークで過ごした後、13歳の時にフランスに移住。91年、強烈な近親愛を描いた「カルネ」で長編デビュー。東京を舞台にした「エンター・ザ・ボイド」(09年)や「CLIMAX クライマックス」(18年)などの作品がある。

◆アレックス STRAIGHT CUT 恋人マルキュスと愛に満ちた生活を送るアレックスは温厚な元カレ、ピエールとも良好な友人関係にある。3人で出掛けたパーティーで仲たがいしたアレックスは1人帰途につくが、地下道で突然男に襲われ、激しい暴行を受ける。変わり果てた姿を見たマルキュスは逆上し、なだめるピエールを引きずるようにその男を追う。穴蔵のようなゲイ・クラブでついに男を発見するが…。

仏映画「アレックス」(C)2020/STUDIOCANAL-Les Cinemas de la Zone-120 Films. All rights reserved.
Photographer : EMILY DE LA HOSSERAY
仏映画「アレックス」(C)2020/STUDIOCANAL-Les Cinemas de la Zone-120 Films. All rights reserved. Photographer : EMILY DE LA HOSSERAY
ギャスパー・ノエ監督
ギャスパー・ノエ監督
ギャスパー・ノエ監督
ギャスパー・ノエ監督