【今週の秘蔵フォト】独特の不思議な雰囲気を持つ歌手だった。まるで子猫のような愛らしい目で表情を変えずにマイクを握り、独特の憂いを持った声で淡々と歌う。石川セリ。現在の井上陽水夫人である。1971年公開の藤田敏八監督の名作「八月の濡れた砂」のエンディングで石川の歌う同名の曲が使用された。しかしレコードが発売されたのは、映画が再評価されつつあった翌72年3月だった。同曲は「小さな日曜日」のB面としてリリースされ、歌手デビュー。レコードより映画が先行したかなり珍しいケースである。

 正式デビューから8か月後の72年11月13日付本紙でインタビューに応じている。この時点で「八月の――」は深夜放送のリクエスト番組で火がついていた。

「1人でも多くの人に聞いてもらいたいわ。でも気に入った、入らないはその人の自由」と淡々と語る表情は当時19歳とは思えない。

「好きなのはネコ。適当に甘えて適当に意地悪でそのうえ気品があるから。私、男性には敵意識を抱いているの。変身するなら男になりたい。男の気持ちを知るために」と不思議な感性に満ちた言葉を口にする。

 理想の男性は「良い人」と表現。「人間ってこの世で一人ぼっちだけど、それが分かっていて何でも打ち明けられる人」。まさに現在の旦那さんは理想の男性だったわけだ。

 石川はこの5年後の77年に名曲「ダンスはうまく踊れない」をヒットさせる。作詞作曲はもちろん井上陽水。交際を始めた時期に作られたとされる。同曲はポップスのスタンダードとなり、82年に高樹澪がリバイバルヒットさせた。その他にも陽水自身はもちろん中森明菜、研ナオコ、日野美歌、徳永英明ら多くの歌手にカバーされた。現在では表舞台から遠ざかっているが、たった1曲で70年代のニューミュージック界を鮮やかに彩った歌手だった。