【赤坂英一  赤ペン!!】東京オリンピック聖火リレーの最終点火者は、大坂なおみのほかにも、長嶋茂雄、王貞治、松井秀喜各氏の3人が候補に挙がっていた――という臆測が、マスコミや大会関係者の間でいまだに根強くささやかれている。

 大坂は当初から有力な候補のひとりではあったが、五輪本番で試合出場を控えていた。過去にも出場選手が最終点火者となった例はわずか数例しかない。本番に向けた調整を優先させるため、聖火リレーの人選から外していた大会も多かった。

 その上、今回はコロナ禍や五輪開催反対論などの影響で、現役選手や元アスリートが聖火リレーを辞退するケースが続出した。女子マラソン五輪メダリスト・有森裕子氏、女子サッカー・澤穂希氏、男子フィギュアスケート・宇野昌磨、ラグビー・田村優などなどである。

 そうした状況からも、大坂を最終点火者にすれば不要のストレスとプレッシャーを与えるのではと懸念されていた。そこで「ならONと松井氏を最終点火者に」という声が、東京五輪・パラリンピック組織委員会内部であがったというのだ。

 しかし、長嶋氏に近い関係者は「ひとつの案としてはあったかもしれませんが、とても要請を受けられる状態ではなかった」と否定している。

「長嶋さんは脳梗塞の後遺症だけでなく、3年前に胆石を患って長期入院しています。いくら松井さんと王さんが両脇から支えるといっても、自力歩行もなかなかままならない。聖火台にたどり着く前につまずきでもしたら長嶋さんが気の毒だし、オリンピックに水を差す事態にもなりますから」

 結局、長嶋、王、松井3氏は国立競技場で男子柔道・野村忠宏氏、女子レスリング・吉田沙保里氏から聖火を受け、次の医療従事者に渡すという立場に落ち着いている。だが、果たして長嶋氏が自力で歩いてリレーができるのか、この時点では不安視する声も少なくなかった。

「長嶋さんには車いすに座ってトーチキスをしてもらうべきではないか」という意見もあり、組織委員会と長嶋氏サイドの関係者の間でぎりぎりの段階まで調整が続けられたという。

 その間、長嶋さん自身は懸命に自力歩行のリハビリを続けていた。そうした努力のかいあって、聖火リレーは無事成功。のちに松井氏が明かしたところによると、本番では「リハーサルの時よりもさらに力強い足取りで歩いていました」とか。

 長嶋さんの聖火リレーに対して、世間では賛否両論が巻き起こった。が、長嶋さんが自力で聖火を渡し終えて笑顔を見せた時、ホッとしたプロ野球ファンは多いはず。その裏には、長嶋さん本人と関係者のさまざまな苦労と気配りがあったようだ。


 ☆あかさか・えいいち 1963年、広島県出身。法政大卒。日本文藝家協会会員。最近、Yahoo!ニュース公式コメンテーターに就任。「最後のクジラ 大洋ホエールズ・田代富雄の野球人生」「プロ野球二軍監督」(講談社)など著作が電子書籍で発売中。「失われた甲子園」(同)が第15回新潮ドキュメント賞ノミネート。他に「すごい!広島カープ」「2番打者論」(PHP研究所)など。