作家の浅田次郎(70)が東スポに登場! このほど5年ぶりの現代小説「母の待つ里」(新潮社)を刊行。物語は還暦世代の“おひとりさま”が、新しい母とふるさとを手に入れようとするストーリーだ。今回、本紙のインタビューに応じ、作品に込めた思いを語った。また数々の名作を生み出してきた思考法、趣味の競馬から故高倉健さんとの秘話までを明かした。

――故郷(ふるさと)に憧れは

 浅田 東京生まれ東京育ちの人間って結局、故郷がない。帰るべき場所がないから憧れってすごくありますよ。 

 ――孤独もテーマ。コロナ禍で孤独が注目されている

 浅田 人と会わずにワンルームのマンションでずっと生活してるってかなりきついことだよね。独房にいるのと同じようなもんだから。そういう体験をぼくらは強いられたわけだ、今回ね。この小説が出たのもタイムリーかもしれない。

 ――以前に小説には不幸の諸相を書いていくと

 浅田 幸福の形というのは案外一律。不幸話は100あれば100通りある。不幸は面白いよ、こういう不幸もあるのかってね。

 ――40歳を過ぎて作家デビュー。孤独感や苦労はあった

 浅田 うーん、あまり苦労したと思ってないかな。いつか笑い話になるだろうなんていう苦労は本物の苦労じゃないと思うよ。何十年たっても夢に見る恐怖や苦痛はありますよ。でも人生ってそういうもんだから。

 ――競馬好き

 浅田 競馬の予想はとことん考えるし下手ではないと思う。少なくとも53、54年馬券を買い続けてるワケだから。

 ――ぜひ、本紙でも予想を披露してください

 浅田 小説家の神秘性というのがありましてね。小説家は競馬の印を打ったらいけないんですよ(笑い)。

 ――作家という職業にギャンブルの要素は

 浅田 ない。そりゃ、才能だもの。ギャンブルじゃないよ。

 ――昨年、加藤シゲアキが直木賞候補となった。若い作家に思うことは

 浅田 小説ってすごく公平な世界なので才能と努力がはっきり反映される。若い人にはそれぞれの個性があるから、とやかく後進のことについては一概には言えません。いつの時代にも同じ数だけの小説家を目指す人がいるんだと思う。だから不滅だと思いますよ、文学というのは。

 ――ご自身の創作意欲については

 浅田 ありますよ。あと字を書くのが好き。パソコンを打たない最大の理由というのは字を書くのが好きだから。万年筆が原稿用紙を滑っていく時の気持ちって、セクシャルよ。一種のエクスタシー。パソコンに半分渡すことないじゃん、その快楽を。東スポ的な答弁でしょ、これ(笑い)。

 ――多くの作品が映像化され、中でも「鉄道員」の高倉健さんは印象的でした。交流は

 浅田 もちろん何度もお会いしましたけどね。ホテルでお茶を飲んで帰る時に健さんは、その場でさようならは言わなかった。廊下に出て見送ってくれたし、何度振り返っても必ず立っていらっしゃった。できることじゃないよね。僕もできれば見習いたいとは思うけれど難しい。どうしても自分が偉くなっちゃう。でも健さんは相手が誰であれ、自分の周囲にいる人に対して同じように振る舞った。すごい人だったなと思います。

 ――神秘性があった

 浅田 考えていらっしゃったよ、役者というものはそういうものではなければいけないと。小説家も本当はそうじゃなきゃいけなんだけどなぁ。全然ダメだな。せいぜい競馬の印を断るぐらいなもんだもん(笑い)。

<降り落ちてくる感覚>

 ――今作の着想は

 浅田 小説ってどういう時に降り落ちてくるかというとストーリーじゃないよ。一体何を書きたいんだという漠然としたテーマが落ちてくる。「故郷」ってなんだみたいな。「東京ってそんなにいい所か」という自問から始まって。それからこのストーリーができていくわけ。順序はそうですね。最初のテーマって考えてできるわけじゃないから。なんとなく降り落ちてくる感じってある。

 ――降り落ちてくる感覚とは

 浅田 もらった感じ。そういうものをいつもらってもいいように自分のアンテナをいつもそこの高さに張っておくというのが難しいところ。ずっとそうやってなきゃいけない。怖くて酒も飲めないよってそういこと。パンと引っ掛かる、それをキャッチする瞬間ってほんの一瞬だからね。その一瞬で実は小説って9割できてるんだよ。ちゃんとしたテーマを捕まえたかどうか。 

 ――才能と努力、どちらが重要ですか。

 浅田 難しいね。「努力に勝る才能なし」とか言えばいいんだろうけど。こと小説に考えて言うならば相当持って生まれた能力は大きいと思う。ただし、(努力で)詰め寄ることはできるよ。でも、全然違う次元の所に才能がある人はいる。

 ――年齢を重ねるとともに自分の才能を信じることが難しい

 浅田 でもね40歳を過ぎてから「ぼくにはこんな才能があった」というのもあるよ。だからそれは諦めちゃダメだよ。


 ☆あさだ・じろう 1951年12月13日生まれ。東京都出身。91年に「とられてたまるか!」で作家デビュー。95年「地下鉄(メトロ)に乗って」で第16回吉川英治文学新人賞を受賞。97年には「鉄道員(ぽっぽや)」で第117回直木賞など数々の文学賞に輝く。その功績により、2015年に紫綬褒章を受章した。