脳梗塞で入院している三遊亭円楽(72)が今年の夏いっぱいまで仕事を休業することが発表された。

18年に初期の肺がん、19年には脳腫瘍、今年1月の脳梗塞と病気との闘いが続いているけれど、じっくりとリハビリと療養に専念して元気になって戻ってきてほしいと思う。 

そして復帰した際には、懸案となっている大きな「宿題」に決着をつけてほしい。宿題とは、「三遊亭円生」の襲名である。円楽の大師匠にあたる6代目三遊亭円生は昭和の名人で、79年に亡くなった。以来、「円生」という名は空席になっている。

08年、円生の一番弟子で、円楽の師匠の5代目円楽が、円楽一門の総領弟子の鳳楽に「円生」を継がせると宣言した。翌09年に5代目が亡くなり、鳳楽が本格的に襲名の準備を進めようとした時に、円生の直弟子の円丈が「孫弟子ではなく直弟子が継ぐべき」と襲名に自ら立候補した。

さらには、同じ円生門下の円窓が6代目円生の遺族から襲名を要請されたとして名乗りを上げた。「円生」襲名をめぐって三つ巴の迷走状態となり、話題を呼んだけれど、結局、3人がともに襲名する意志がないことを明言する形で襲名騒動は落着した。

その結果、落語界に「円生」がいない状態が43年も続いているが、数年前から新たな動きが出てきた。それは円楽が「7代目円生」襲名に意欲を見せていることだった。19年に出版した著書「流されて円楽に、流れ着くか圓生に」で襲名への意欲を明かし、その後もいろいろなところで襲名への思いを語っている。

その真意は1つ。「円生」という大名跡は落語界の宝であり、「円生」が43年も空席なのはもったいないということに尽きる。だから、円楽はショートリリーフでもいいから「7代目円生」となり、「円生」という名跡を次世代につなげていくことが孫弟子としての責任と思っているのだろう。

「円生」だけでなく、「古今亭志ん生」の名跡も過去に襲名の動きが水面下であったものの、立ち消えになっている。大名跡を襲名するには実力はもちろん、気力・胆力、そして政治力と人気が欠かせない。「7代目円生」は実現するのか。円楽の早い復活を待ち望んでいる。【林尚之】(ニッカンスポーツ・コム/芸能コラム「舞台雑話」)