「北京の悲劇」の核心とは――。ノルディックスキー・ジャンプ女子の高梨沙羅(25=クラレ)が北京五輪後のW杯で2勝を挙げるなど完全復活を印象付けている。五輪では混合団体でスーツ規定違反による失格となり、世界的な騒動となった。そんな中、1998年長野五輪ジャンプ男子団体金メダリストで日本選手団の原田雅彦総監督(53)が単独インタビューに応じ、高梨の復活劇やスーツ問題などについて激白。現在のジャンプ界が抱えている課題をズバリと指摘した。

 ――北京五輪を振り返って

 原田総監督(以下、原田)コロナ禍での開催ということで、まずは「TEAM JAPAN」として感謝の気持ちを持って臨もうと。前回(平昌五輪)を上回るメダル数(18個)で達成感はありますね。

 ――新種目のジャンプ混合団体は高梨の失格もあり4位に終わった

 原田 本当に残念でしたよね。やはり五輪は想像もしていないことが起きるんだなと。気温が低かったり、ジャンプ台の形状など事前に情報を得られなかった中、いろんなことの重なりが高梨選手にあたってしまった。

 ――混合団体後の高梨の様子は

 原田 実は私は見ていないんですよ。試合後、その日のうちに欧州に向けて選手村を離れていた。心配だったけど、選手が励ましたり、それを受けて高梨選手の笑顔も見られたとのことでした。

 ――その高梨が大会後のW杯で2勝を挙げた

 原田 そのへんの切り替えは、さすがトップアスリートだなと。五輪は五輪、次の目標に向かって飛ぶことが励ましてくれた皆さんへのお返しになる。彼女もそう思っていると思います。

 ――当初はW杯出場が未定になっていた

 原田 ちょっとコンディションが合わないということで1つ(1試合)見送ったんですけどね。精神面ではなく体調面? そうです。でも、復帰初戦で優勝ですから。日本中というか、世界中が驚きましたよね。

 ――復調の要因は

 原田 何か吹っ切れたのかもしれませんね。彼女にかかる「4年に一度」の期待、プレッシャーがものすごいんだと思うんですよ。すごく責任感が強いですし、いろんなことを自分一人で受け止めるところがある。そこから解放されたんじゃないかなと。悔しい思いをバネにしてノビノビ飛んでいるなと感じますね。

 ――ところで、スーツ違反はなぜ起きたのか

 原田 原因が分からないんです。いつもいいのに、なぜその時だけダメだったのか…。我々指導者としても(起こり得ることの)想定がまだまだ不足していたと反省している。

 ――個人的な見解は

 原田(スーツ測定の)ルールは決まっていたんですけど、厳格に決まっていなかったことによって起きてしまった事件だと思うんですよね。

 ――従来と違う測定方法だったとの見方もある

 原田(胴体から離した両腕や両足の)幅が広がったとか、測り方は現場でしか分からないことなんです。ただ、そのルール作りに不備があったことによって、このようなことが起きてしまったなと。ですので、いち早く改善して選手が困らないように厳格なルールができて、試合が運営されることを皆が望んでいる。

 ――仮に測定方法が違った場合、その場で選手側は指摘できないのか

 原田 そんなことはないんですけど、審判がそういう判断を下したということなので、それは受け止めるしかない。しかし(今回は)5人も出たので珍しいなと。私自身、初めてですし、聞いたこともない。毎試合1人とか2人は出ても、5人というのは…。

 ――率直な感想は

 原田 一番最初に思ったことは競技の魅力が下がってしまうんじゃないかという心配ですよね。楽しみにしている方々に対して水を差すことになり「ジャンプって何なんだ?」「こんな感じなの?」となるのが最も危惧しているところです。

 ――現行の抜き打ち検査について

 原田 3人に1人ぐらいランダムに測定されるんですけど、とにかくFIS(国際スキー連盟)は全員測ることが不可能だと言うんですよね。我々としては全員を対象にやってほしいし、やっていた時代もありました。ただ、コントローラー(測定者)が参ってしまって、勘弁してくれと。そうして今に至ります。

 ――改善に向けてはFISとの議論が必要

 原田 ルールに関しては毎年FISと各国スキー連盟で話し合って決められている。スーツ以外にもスキー(板)の長さやヘルメットの形状なども議論になり、選手が間に合わないほどたくさんのルールができている。

 ――細かいルールを設定する理由は

 原田 中には〝穴〟を探す選手がいるからです。ここは見られていないから、こうしようとか。それから近年は距離を伸ばす選手が多く、野放しにしておくと危険なんです。特に女子選手が靱帯を損傷する割合が高いというデータが出ていて、それは飛び過ぎによって着地に耐えられないことが原因。安全性を考量した結果でもある。

 ――FISのルールにも、一部選手のモラルにも課題がある

 原田 人間、いろんなことを考えるものですから〝いたちごっこ〟になっているのが現状です。測定に関してはいち早く改善していきたいと考えていますし、選手には正々堂々戦っていただきたい。そういうことは見ている人にも伝わりますし、心に響きますからね。

【混合団体で5人失格】FISの規則について、全日本スキー連盟は公式サイトで「ジャンプスーツはすべての箇所で選手のボディーにぴったり合うもの」としており、最大許容差は「直立姿勢で男子は1~3センチ、女子は2~4センチ」。また、測定の際には「両腕はヒジを伸ばし、ボディーから30センチ離す。両足は伸ばした状態で40センチ開く」と、かなり細かく設定されている。

 混合団体で日本のトップバッターを託された高梨は1回目に103メートルの大ジャンプで124・5点をマーク。しかし、その後に自身のスーツ違反が判明してポイントは「ゼロ」になった。スーツの両太もも周りが規定よりも2センチ大きかったという。また、同種目では高梨を含む4チームで計5人もの失格者が出る異例の事態となった。

☆はらだ・まさひこ 1968年5月9日生まれ。北海道上川町出身。東海大四高(現東海大札幌)卒業後、87年に雪印乳業に入社。94年リレハンメル五輪団体銀メダル、98年長野五輪個人ラージヒル銅、団体金メダル。五輪、世界選手権で日本選手最多となる計9個のメダルを獲得した。引退後は雪印メグミルクスキー部のコーチに就任。現在は同総監督、全日本スキー連盟理事、日本オリンピック委員会理事を務める。2022年北京五輪日本代表選手団総監督。174センチ。