名優ケネス・ブラナー(61)が、幼年期を過ごした北アイルランド・ベルファストでの出来事を製作・監督・脚本で心温まる作品に仕上げた。

25日公開の「BELFAST ベルファスト」は激動の69年が舞台だ。9歳の少年バディは、父母兄の明るい家族、近所に住むユーモラスな祖父母、顔見知りの隣人に囲まれて満たされた生活を送っている。

夏のある日、そんな生活は一変する。プロテスタントの武装集団が街に住むカトリック住民への攻撃を始めたのだ。バディの住む通りは焼かれた車や敷石で築かれたバリゲードに囲まれ、一夜にして戦場のようになってしまう。

プロテスタントの一家が武装集団の標的となったわけではない。近所の多くの人々同様に穏健で、少数派のカトリック家族との付き合いは今まで通りに続く。

日常的に目撃するようになったプロテスタント強硬派による理不尽な暴力は、バディの目には「悪」と映る。西部劇が好きな彼にとって、弱者の立場に立つジョン・ウェインこそが正義だ。複雑化した歴史的対立を、余計な理屈抜きに少年の目で正邪に振り分けていくところが、この作品のミソになっている。だから、にらみ付けるような目で二者択一を迫るプロテスタントの牧師は、あがめるどころか恐ろしい存在である。

きっぷが良くけんかっ早い母、優しいけれどギャンブル好きな父。気のいい兄やバディ自身は優柔不断で流されやすい。そんな一家が恐怖や閉塞(へいそく)感の中でも生きる喜びを見いだしていく。ブラナー監督自身も意識したそうだが、状況はコロナ禍の今に重なり、バディの笑顔にいつの間にか元気をもらえる。

バディ役のジュード・ヒルはこれがデビュー作とは思えない。監督の意図を受け、細やかな表情の変化が小気味いい。

子どもの視点から見た両親、「フォードVSフェラーリ」(19年)のカトリーナ・バルフと「プライベート・ウォー」(18年)のジェイミー・ドーナンはあくまで美しく、かっこいい。祖父母のしぐさはさりげないが、その1つ1つがこの地区の歴史を映しているようにも見える。ベテランコンビ、ジュディ・デンチとキアラン・ハインズが背景を深く理解しているからだろう。

バディの兄(ルイス・マカスキー)と同世代なので、家族で出掛けた映画館で「チキ・チキ・バン・バン」(68年)の飛翔(ひしょう)シーンに歓声を上げる場面には共感するところがあった。

随所に登場する当時のヒット作品が、ブラナー監督の「プライベートフィルム」に普遍性を持たせるツールとして効いている。【相原斎】(ニッカンスポーツ・コム/芸能コラム「映画な生活」)