人生の転落が始まるヒリヒリするような分岐点、落ちていく時のゾクッとする、ジェットコースターやエレベーターに似たあの感じ…。ギレルモ・デル・トロ監督の新作「ナイトメア・アリー」(25日公開)には、こちらの本音を揺さぶって、ドギマギさせるところがある。

拭い切れない過去を抱え、放浪するスタン(ブラッドリー・クーパー)は、巡回サーカス団にたどり着く。怪しい一座の一番の売りはギーク(獣人)ショーで、獣と見まがうような男が生きたニワトリにかぶりついて観客を沸かせていた。

ギークはよく見れば人間で、「シェイプ・オブ・ウォーター」(17年)の半魚人に代表されるデル・トロ流のクリーチャーは今回登場しない。一座の面々の個性的な外見もリアルな方向に特殊メークされているところがミソである。

読心術師のジーナ(トニ・コレット)に気に入られ、その禁断の奥義を手に入れたスタンは、一座の華モリー(ルーニー・マーラ)とともサーカス団を抜け、やがては一流のエンターテイナーとして一流ホテルのステージに立つようになる。

デル・トロが今作で描くのはあくまでリアルな世界だから、読心術の裏には詐欺まがいのトリックがある。暗い過去から逃れるように上昇志向の強いスタンは、上流階級を客に持つカウンセラー、リリス(ケイト・ブランシェット)と知り合い。彼女と結託して名士たちから大金を巻き上げるようになる。一線を越えたスタンはやがて転落の道を歩むことになるが…。

舞台は第1次世界大戦からようやく復興し、次の大戦に突き進む1939年のアメリカ。入念に作り込まれたセットや色使いもリアルで、セピアがかった照明の加減で、しっかりと時代臭を醸し出している。

クーパーは悪くなっていき、やがては汚れていくスタンに合わせて表情を器用に変化させている。特に彼にもましてしたたかなリリス役のブランシェットとの迫真のやりとりは最大に見どころだ。コレット、マーラを合わせたスタンと絡む3人の女性のキャラクターもデル・トロ流にきちょうめんに色分けされている。

スタンの感情の起伏にいつの間にか同調させられ、その上昇と転落に心揺さぶられる。さらっと楽しむわけにはいかない、ずっしりと重い作品だ。【相原斎】(ニッカンスポーツ・コム/芸能コラム「映画な生活」)