栗本氏は「この1枚」に山下達郎「FOR YOU」を選んだ(東スポWeb)
栗本氏は「この1枚」に山下達郎「FOR YOU」を選んだ(東スポWeb)
 シティポップの源流であるシュガー・ベイブ「SONGS」
シティポップの源流であるシュガー・ベイブ「SONGS」
 もはや金字塔の大瀧詠一「A LONG VACATION」
もはや金字塔の大瀧詠一「A LONG VACATION」

1970年代中盤から80年代にかけて洋楽のエッセンスを取り込んで誕生した日本独特の都市型音楽「シティポップ」は、この10年で完全に音楽シーンに定着した。シティポップを「黎明期・最盛期・再興期」に区切り、それぞれの時代を代表するアルバム100枚を徹底分析した『「シティポップの基本」がこの100枚でわかる!』(星海社新書)が、発売直後から早くも重版の人気を集めている。様々な音楽ジャンルで著書を持つ著者の栗本斉氏に、シティポップの魅力を徹底的に聞いた。

栗本氏お薦めの「この5枚」

①山下達郎/FORYOU(1982年)

②荒井由実/COBALTHOUR(1975年)

③杉真理/STARGAZER(1983年)

④南佳孝/SOUTHOFTHEBORDER(1978年)

⑤一十三十一/CITYDIVE(2012年)

 ――まずシティポップの定義とは何でしょう

 栗本氏 文字通り都会型の日本のポップス。70年代中盤、洋楽のスタイリッシュな影響を色濃く受けたポップスです。当時はフォークブームと歌謡曲。その中でシュガー・ベイブ(75年「SONGS」)はカウンター的存在だった。プロデューサーが大瀧詠一さん、山下達郎さんと大貫妙子さんが在籍していた歴史的価値もあり、音楽的な質も高い。ですのでシュガー・ベイブを基点というか中核にしています。

 ――音楽的な特徴は

 栗本氏 言葉と音楽が完全にリンクして景色が見える。シティポップは、ファンタジーとして非日常的な光景が見られる音楽だと思ってます。ビーチや摩天楼であるとか、オープンカーでドライブであるとか。そういうキーワードですね。

 ――刊行の契機は

 栗本氏 この10年ぐらい70~80年代の音楽についての原稿依頼を受けることが多くなり、音楽サイトで昨年夏前に連載を始めたんですが、星海社さんから「シティポップで本を1冊作りませんか」と声がかかったんです。ああこれはやらなきゃいけないと思いました。

 ――100枚選ぶのは相当迷ったのでは

 栗本氏 実は最初から100枚選んだんですよ。でもマイナーチェンジが大変でした。僕は(75年から)2010年までしか選んでなかったんです。でもこの10年間も入れてほしいというリクエストがあった。若手のいいアーティストが多く出てきているし、どういう基準で入れていいのか悩みました。最終的には王道のシティポップを自分たちなりに解釈していると思われる人たちを入れました。

 ――時系列に沿って1人で100枚解説されたレビュー本は画期的です

 栗本氏 まずはこれを聴いてほしいというのが黎明期の20枚。最盛期が50枚。時代的にはかぶっている部分がある。実際の黎明期は75年のシュガー・ベイブから84年の竹内まりやさん(「VARIETY」)まで。ベスト・オブ・ベストが黎明期の20枚。応用編が最盛期の50枚。そして90年代から現在までの再興期が30枚です。

 ――松田聖子が入っているのは驚きました

 表紙は「FOR YOU」を手掛けた鈴木英人氏が描いた
表紙は「FOR YOU」を手掛けた鈴木英人氏が描いた

 栗本氏 リアルタイムで聖子さんを知っている人は「アイドルでしょ」と言うと思います。でもサウンドプロダクションは松本隆さんが詞を書きユーミンさん、細野晴臣さん、大瀧さん、杉真理さん、佐野元春さん、財津和夫さんらそうそうたるメンバーが曲を書き、アレンジは大村雅朗さん、松任谷正隆さん。シティポップの黄金メンバーなんですよ。曲のクオリティーも高く、アルバムの曲も手抜きが一切ない。純粋に音楽として聴くと完全にシティポップだと思います。本書には岩崎宏美さんや郷ひろみさんも入ってますが、歌謡曲の中にもシティポップはあったんです。バックは完全に洋楽ですから。優秀なアレンジャーがいて、すご腕のミュージシャンがいる。本のクレジットを見ながら、音を楽しんでいただきたいです。

 ――90年代からの再興期の特徴は

 栗本氏 日本の音楽シーンは80年代半ばからバンドブームが起きて、85年ぐらいから激減してしまうんです。90年代に入るとミリオンヒットの時代になり、シティポップをやっていた人も大衆的な方向に走っていった。その一方でカウンターとして「渋谷系」が出てくる。ある種、シティポップの変化形と思いますが、洋楽の影響を受けつつサンプリング的な使い方をしたり、特殊なシーンだった。ユーミンや達郎さんの流れをくんでいる何人かのアーティストは取り上げてます。小沢健二さんとオリジナル・ラブは突出した存在でしたね。

 ――最盛期から再興期は女性ボーカリストが増えています

 栗本氏「渋谷系」はあくまで傍流で、メインとして残っていたのは今井美樹さんと古内東子さんなんです。2000年代には土岐麻子さんとかが出てくる。音の作り方も70年代シティポップ全盛期のミュージシャンを起用しているし、いずれも黎明期のDNAが受け継がれていますよね。

 ――これからの展開は

 栗本氏 シティポップと騒がれ始めたのは約10年前で、10年間も続くブームってそうはない。さらに言うと海外でもここ5年ほどシティポップが注目されている。日本のシティポップを研究したアーティストが続々と出てきて、ビルボード1位になる可能性もある。今は韓国語のBTSが1位になるぐらいですから、日本のシティポップアーティストが1位になる時代が来ても不思議じゃないですね。

 ――巻末にはサブスクリプションサービスの本書アルバムプレイリストも掲載されています。最後にこれから読もうとしている方へメッセージを

 栗本氏 シティポップって何だろうと頭にイメージがある方に読んでいただきたい。コアなエッセンスを凝縮した本にしたつもりです。「何でこのアルバムが?」と言われる方もいらっしゃると思いますが、自由にいい音楽を楽しんでいただきたい。そのためのガイドになってもらえればと思います。

 ☆くりもと・ひとし 1970年大阪府出身。レコード会社勤務時代から音楽ライターとして執筆活動を開始。退社後は2年間中南米を放浪。帰国後はフリーで雑誌やウェブでの執筆、ラジオや機内放送の構成選曲などを行う。開業直後のビルボードライブで約5年間ブッキングマネジャーを務めた後、再びフリーに。著書に「ブエノスアイレス 雑貨と文化の旅手帖」「アルゼンチン音楽手帖」、共著に「Light Mellow 和モノ Special」などがある。