人気漫画家の藤子不二雄Aさん(本名・安孫子素雄=あびこ・もとお)が7日、川崎市の自宅で死去したことが分かった。88歳だった。「忍者ハットリくん」「怪物くん」「笑ゥせぇるすまん」など国民的漫画を世に送り出した藤子Aさんの突然の訃報に各界から哀悼の言葉が寄せられている。〝藤子の最初の弟子〟で「まいっちんぐマチコ先生」で知られる漫画家のえびはら武司氏(67)が、藤子Aさんとの秘話を明かした。

 藤子Aさんは小学校で知り合った藤子・F・不二雄さん(本名・藤本弘=1996年死去)とともに漫画家を志し、上京。「藤子不二雄」の共同ネームで発表した「オバケのQ太郎」が大ヒット。その後も「忍者ハットリ君」、「怪物くん」など子供向けアニメでヒットを連発する一方でブラックユーモアのある「笑ゥせぇるすまん」などで、幅広い層から人気を集めた。

 読者はもちろん、漫画家にも多大な影響を与えた。えびはら氏もそんな2人にあこがれ、漫画家を志した一人だ。えびはら氏は高校卒業後に藤子スタジオに押しかける形でアシスタントになった逸話を持つ。ファンからアシスタントになったのは、えびはら氏が初めてのため〝藤子の最初の弟子〟と呼ばれている。

 そのアシスタント時代のエピソードを描いた「まいっちんぐマンガ道」を発表し、俳優の亀吉主演で一昨年、昨年と舞台化された。亀吉は「突然の別れにガク然としております。コロナが明ければ、藤子A先生や藤子スタジオOBの方々にも見に来ていただこうと、えびはら先生ともお話をしていただけに本当に無念です」と悔やんだ。

 突然の訃報に接したえびはら氏も「だいぶん、お疲れになったんでしょうね。漫画を書くのも疲れたと言ってたから」と話した。近年は、コロナ禍で高齢ということもあり、直接会う機会はなかったという。「直接会話をしたのは15年ぐらい前の忘年会。毎年スタジオのOBが集まってやってたけどで、みんな(年齢とともに)疲れてきて『そろそろやめようか』って。新宿にスタジオがあるので、何かあれば前は顔を出したりしてたけどコロナで余計にね」と残念そうに話した。

 えびはら氏にとって藤子Aさんは師であり、家族のような存在。「漫画はF先生、世の中の渡り方、漫画家の心得を教えてくれたのはA先生」。コワモテの印象の藤子Aさんだが「おしゃべりが大好き。人柄でみんな好きになるんじゃないかな。F先生は漫画を描く専門で、A先生がよく飲みに連れて行ってくれた。女性の話とか、くだらない話ばっかり。漫画の話は全くしなかったなあ(笑い)」と懐かしそうに振り返った。

 あまりのおしゃべり好きのため、こんなエピソードも。「僕らといると話してばっかりで仕事にならないからA先生だけ個室に隔離されちゃったこともあったね(笑い)」。そんな扱いをされても怒らない藤子Aさんの人柄がうかがえる。

 えびはら氏がスタジオを辞める際には「『来た仕事は絶対に断るな』って言われてね。『どんな仕事でも君を必要としてるんだから絶対に断っちゃダメだよ』って言われたのを思い出したね」。

 改めて、えびはら氏は「どうしていいかわからないです。迷惑ばっかりかけたなって思います。無理やり『アシスタントに入れてくれ』と言って2年たったら『ぼくは自分でやっていきます』と言って偉そうに辞めてしまったから。いろいろ生意気言ってすみません。これから少しゆっくりしてください」と話した。