3月27日に行われたアカデミー賞授賞式でウィル・スミスがコメディアンのクリス・ロックを平手打ちした事件から2週間が経過しましたが、まだまだ騒動の余波は続いています。

主催する米映画芸術科学アカデミーは8日に理事会を行い、スミスに対して「今後10年間アカデミーのすべてのイベントへの出演を禁じる」処分を下しました。「許容できない有害な行為」とビンタについて言及し、それによって素晴らしい仕事が祝福されるべき人たちに暗い影を落としたと理由を説明。暴力行為はもちろんのこと、スミスの行為によって他の受賞者たちに当てられるべきスポットライトが奪われてしまったことも非難しているわけですが、この処分が妥当かどうかは意見が分かれています。

3月27日、壇上でクリス・ロック(左)にビンタするウィル・スミス(ロイター)
3月27日、壇上でクリス・ロック(左)にビンタするウィル・スミス(ロイター)

アメリカの社会では暴力は許されない行為であり、94年の歴史と権威を誇るアカデミー賞にとって世界中に中継されている授賞式の最中にそれが起きたことは遺憾であり、信頼回復のためにも何らかの処分を下す必要があったことは理解できるため、10年の”出禁”は落としどころとしては妥当という意見もあります。というのも、今後10年間は授賞式には出席できないものの来年以降のノミネートは禁じておらず、再びノミネートされて受賞することは可能なため、そこまで厳しい処分ではないというのが業界内の見方です。今回「ドリームプラン」で獲得したオスカーの返還も求めておらず、スミスの今後のキャリアに長期間にわたる影響はないという意見もあります。

一方で、出禁そのものに異論はないものの、10年という期間は長くて驚きだったというジャーナリストもおり、反省期間を設けるなら3~5年が妥当ではないかという声もあります。また、処分が下される前に先にスミスが自らアカデミーからの脱退を表明してしまったため、アカデミーとしては「会員資格の停止」や「除名」と言った処分を下すことができなくなり、選択肢が狭まったことが10年の出禁につながったとの見方もあります。

では、一般のファンはどう感じているのかというと、業界内とは全く異なった反応がでています。日本とは異なり過半数の人がスミスのビンタは許されない行為だと考えている欧米では、今回の処分だけでは不十分で刑事処罰を求める声や、全米俳優組合(SAG)からも同様の処分を受けるべきといった意見も一部で出ていますが、全般的には10年の出禁は重過ぎると感じた人が多かったようです。「悪いことだけど、平手打ちで10年の出禁なんてありえない」「10年間の出禁は黒人男性として学びになったと思う」「100%人種差別主義に基づいたものだ」など、SNSでは処分結果を非難する投稿が目立っています。

今回の騒動を巡っては、アカデミーの対応の遅さや両者が共に大物の黒人であり、アカデミーは白人優位とされる旧体制から脱却しきれていないこと、関係者の主張の食い違いなど様々な要因が問題を複雑にしていますが、長年にわたって過去に性犯罪などで逮捕された白人受賞者を野放しにしてきたことも蒸し返される事態になっています。

ロマン・ポランスキー監督は1977年に少女への強姦容疑で起訴されるも判決前に服役逃れのため国外逃亡したにも関わらず、2002年に「戦場のピアニスト」で監督賞を受賞。それから16年後に敏腕プロデューサーとして知られたハーベイ・ワインスタイン服役囚のセクハラ騒動を発端に広がった#MeToo運動をきっかけに18年にようやく除名処分となりました。

そのため、性犯罪のポランスキー監督は処分までに40年もの歳月がかかっているのに、ビンタのスミスはわずか2週間で処分が下されたのは人種差別だという批判が噴出。「ウィル・スミスは10年。では、ケビン・スペイシー、ハーベイ・ワインスタイン、メル・ギブソン、ロマン・ポランスキーは?」と性犯罪などで逮捕された白人受賞者の名前をあげて抗議する投稿や「他に罰せられるべき人を罰しないアカデミーをボイコットしよう」などと言った批判コメントもあります。ちなみに、複数の女性への性的暴行などで有罪判決を受けたワインスタイン被告は17年に除名処分を受けていますが、ポランスキー監督と同様、過去に受賞した賞は取り上げられていません。

日本ではロックも同様に処分を受けるべきだという意見もあるようですが、ハリウッドの授賞式では出席するセレブたちを皮肉るブラックジョークはつきもので、今回の授賞式でも司会者の1人エイミー・シューマーは気候変動をネタにしたジョークで「レオナルド・ディカプリオは気候変動や環境問題に長年取り組んでいるけど、若い恋人にきれいな地球を残すために一生懸命なの」と年下のモデルと数々の浮名を流してきたディカプリオを皮肉っています。

もちろん、それらのジョークと比べて今回のロックのジョークは侮辱的で行き過ぎだと感じた人も多くいますが、アカデミーは声明の中で冷静に対応したロックに感謝の言葉を述べており、授賞式のプロデューサーもテレビインタビューで「テレビ史に残る最高の夜」と述べて切り抜けたロックの対応に「救われた」と語っています。世論でもロックが悪いという意見もありますが、処分を求める声は国内ではあまりなく、ロックが処分されることはないでしょう。

カメラの前で起きたビンタの衝撃は大きく、アカデミーは憤慨する世論に敏感に反応せざるを得なかったことが早期の処分につながった他、騒動が長引いていることへの苛立ちもあったのでしょう。処分が下された今、次は沈黙を貫いているロックがいつどのような形で騒動について語るのか、そして公の場から姿を消しているスミスの今後のキャリアへの影響や復帰のタイミングなどに注目が集まることになりそうです。【千歳香奈子】(ニッカンスポーツ・コム/芸能コラム「ハリウッド直送便」)