【青池奈津子のメジャー通信】

「わーっ! 本当に戻ってきてくれた!」

 太陽が昇り切る前の気持ち良いアリゾナの朝、練習場のフェンスの向こうのファンが上げた歓喜の声に振り向くと、ブランドン・マーシュが小走りに近寄っていくところだった。「チームミーティングがあるから後で」と言った約束を守り、練習前のわずかな時間にボールへサインするために戻ってきたのだ。

 いつも元気いっぱいで、声も大きく、長い髪とヒゲをなびかせどこか弾むように歩くブランドン。

 ともに若手ホープのジョ・アデルと仲が良いが、やや大人びたジョーより1つ年上のブランドンの方が少しやんちゃで弟分のような感じがしていたのだが、私とのインタビューにも「待っていてくれてありがとう!」と息を切らせて駆けてくる律義さ、同意するときに「イエス、マム」と言う礼儀正しさ、クラブハウスでかけていた音楽をチームメートの囲み取材の際にさりげなく音量を下げる気遣いなど、接するたびに好感度がアップしていく。

「南部のカルチャーなんだよ。イエスサー、ノーサーってつい言っちゃうの。今、少し減らそうとしているんだ。うっかりチームメートをサーと呼んじゃう」

 いきなり笑わせてくれたのだが、本人は至って真剣で「年上の先輩はサーではなくて、ビッグブラザーな感じでいきたいんだけど、リスペクトがあるから無意識に出ちゃう。例えばカート(スズキ)。大リーグ歴16年でしかも捕手だよ! あれほどの持続力を持つ人もまれだけど、誰よりも早くきて、冷風呂と温風呂に入って体を整えたりとか、体にかかる半端ない負担を超えるだけの努力を毎日していてすごくスペシャルな人なんだ。でも、1、2回サーって呼んじゃって『ん?』なんて顔で見られた気がする」

 言いながら「イエス、マム」が自然に飛び出すので道のりは長そうだが、丁寧に扱われている感じで悪い気はしないし、愛嬌があるので重くも感じない。

「僕が礼儀正しいとしたら両親のおかげ。フレンドリーなのはどこでも誰とでもおしゃべりする母譲り、親切心は父から学んだんだ。ありきたりかもしれないけど、2人が妹と僕を正しく育ててくれた」

 実は、ブランドンの父ジェイクさんは昨年4月にがんのために亡くなり、ブランドンはその2か月後、親友も23歳の若さで亡くしている。その翌月、念願のメジャーデビューを果たした彼の中にあっただろう深い思いを、いつか、もう少し時間がたったら聞いてみたいと思っているのだが、今回はもう一つブランドンらしいエピソードを。

「僕がこれまでで一番やらかしたこと? ジュニア・シニア戦争。高校時代の伝統で、2年生と3年生が1週間互いにイタズラを仕掛け合うんだ。車に絵を描いたり、卵を家にぶつけたり、全部愛があるイタズラだから痛めつけたりはしないけど、言えないこともいっぱい」

 米国でたまにやり過ぎでニュースになるイタズラ合戦。トイレットペーパーが庭中に散乱していたり、ラップでぐるぐる巻きにされた車の写真を見たことがある。ちょっと楽しそうだ。

「そうなんだけど、被害に遭うのは皆親の家でしょ? 卵の片付けとか、車の掃除もすごく大変。口紅ってなかなか落ちないし! バカだな…って思いながら、磨いたよね」

 なんだかんだと掃除するブランドンの姿を想像して、また一つ好感度が増したのだった。 

 ☆ブランドン・マーシュ 1997年12月18日生まれ。24歳。米国・ジョージア州出身。右投げ左打ちの外野手。2016年のMLBドラフト2巡目(全体60位)でエンゼルスから指名され、プロ入り。21年にメジャーデビュー。トラウトの故障離脱によりチャンスをつかみ、同年は70試合に出場し、打率2割5分4厘、2本塁打、19打点、6盗塁。シーズン終盤は1番打者を務めた。高い身体能力を生かした俊足、強肩が売りで、ロン毛とヒゲがトレードマーク。