〝亀田劇場〟とは何だったのか――。ボクシングの亀田三兄弟の長男で元世界3階級制覇王者・亀田興毅氏(35)がインタビューに応じ、胸中を激白した。現在はプロボクシングジム「3150ファイトクラブ」の会長として競技の発展を目指しているが、現役時代はメンチ切りやタメ口で世間から集中砲火を浴びた。すっかり丸くなった今、当時の自分をどう見ているのか? 葛藤、誤解、確執…トラブル続きだった選手時代の舞台裏と今後を明かした。

 ――やんちゃだった現役時代を振り返って

 亀田興毅氏(以下、興毅)ギラギラしていましたね。たまにユーチューブで昔の映像を見ますが、勢いがあった。ああいうボクサーが今、現れてくれたら面白いなって思います。ただ、賛否両論はいっぱいあった。世間に根付いたイメージってなかなか変えられない。それで損したり、苦労したり、勉強にもなった。メディアコントロールやペンの力を知り、こっちが賢くならんとアカンと痛感した。早い段階でそういう経験ができたのは、逆にラッキーやったと思いますね。

 ――ヒールを演じて葛藤はあったか

 興毅 多少はありましたね。計量前日にハンバーガーを食べたり、フライパンを折り曲げたり…。あれらのパフォーマンスは全て親父(史郎氏)のプロデュース。親父は天才でしょ(笑い)。記者会見の前日は家で「1ラウンドKOしたるわ、コラ!」って練習し、プロとしていかに目立つかを必死で考えていました。でも、内心は嫌やった。人前でしゃべるのが苦手やったし、親戚のおじさんにお年玉をもらって「ありがとう」も言えないほど内弁慶だったので(笑い)。

 ――当時はタメ口も物議を醸した

 興毅 あれはすごく難しかったですね。バラエティー番組に出た時は楽屋へ行ってちゃんとあいさつしますが、本番では目上の著名人にタメ口を使わないとキャラが立たない。でも、大毅が世界戦で反則(※1)した後の会見で敬語で謝罪し、世間の目が一気に変わった。実は好青年?と言われ、キャラが完全にブレてしまった。あれで僕のキャラは終わり、自分がどっちへ行けばいいのか分からなくなった。当時に戻れるなら、タメ口を貫いていましたね。

 ――それはなぜ

 興毅 興行をプロモートする立場になり、改めてキャラ設定って大事やと思うんです。ボクシングにプラスして何か一つ武器がないと世間に認知されないし、売り出すことができない。だからインパクトがある部分をどんどん伸ばし、他の部分は周囲がうまく調整してあげればいい。今の僕が当時の亀田興毅をプロデュースするなら、価値を10倍にできると思う。とことん突き抜け、あいつホンマにヤバイな、怖いなって。分かりやすい典型がフロイド・メイウェザー。どんだけ周りが文句言っても、試合すればペイ・パー・ビュー(PPV)をみんな見ますからね。実際、強いし。

 ――それにしても、どん底からよく立ち直った

 興毅 家族がおったのが大きいでしょうね。あとは鈍感力やな(笑い)。JBC裁判(※2)の時はホンマに誰も助けてくれず、周りに誰もいなくなった。寄って来た人がみんな離れていった。でも、あまり細かいことは考えず、物事を全てプラスにとらえて生きてきました。今では人を「この人はAタイプ、あの人はBタイプだな…」みたいに判断できるようにはなった(笑い)。

 ――「3150ファイトクラブ」の未来は

 興毅 僕はボクシング界の新しいビジネスモデルを作りたい。29日の興行(大阪メルパルクホール)が終わればプロモーターライセンスを申請する予定。照明や入場ゲート、テレビの映り、セットの作り方にもこだわって既存の興行にないエンターテインメント空間を作る。そうすれば実績のない若い選手もテンションが上がるでしょ。僕らの周りにはボクシングで命を削り、今はしゃべることもできない人もいる。そういった全てのステークホルダーが潤う業界にしたい。まだヨチヨチ歩きですが、ここから本格的なスタートです。

 ――具体的な方策は

 興毅 とにかく世間に認知されること。メインディッシュとなる本物の試合があり、添え物のエンタメ路線で新規の客を獲得する。日本ではまだボクシングがマイナー。コアなファンが喜ぶ試合でも、一般の方たちは知らない。その乖離(かいり)を埋める作業が大事。どうしたら一般の方にも関心を持ってもらえるか。あの時の自分ですよ。誰も知らなかった亀田興毅が世の中に知ってもらえたように、ボクシングを広めたい。今の僕があるのはボクシングのおかげ。絶対に〝亀の恩返し〟をしたい(笑い)。

※1 2007年10月、WBC世界フライ級タイトルマッチで亀田三兄弟の次男・大毅が同級王者の内藤大助を抱えて投げ飛ばす反則行為。0―3の大差で判定負けとなった。

 ※2 日本ボクシングコミッション(JBC)は14年2月、大毅の世界戦(13年12月)のトラブルを巡って亀田ジム会長らの資格更新を認めない決定を下した。国内で活動の場を失った亀田サイドは「不当な処分を受けた」とJBCに賠償を求め、今年2月に東京高裁はJBCに計約1億円の支払いを命じた。