【多事蹴論(40)】日本サッカー界に超一流プレーヤーが現れない意外な理由とは――。1次リーグで惨敗した2006年ドイツW杯後、日本代表指揮官に就任したイビチャ・オシム監督はドラガン・ストイコビッチを擁するユーゴスラビア代表を率いてイタリアW杯ベスト8入りを果たすなど、世界レベルで大きな実績を残した。

 スペイン1部レアル・マドリードが監督としてリストアップしたように欧州でも屈指の名将として知られている。ドイツW杯当時、組織委員会の委員長を務めていた元同国代表の“皇帝”フランツ・ベッケンバウアー氏は「日本にいる(当時は千葉監督の)オシムは本当に素晴らしい指揮官だよ」と、日本サッカー協会の川淵三郎キャプテン(会長)に語ったことからも明らかだろう。

 日本代表を率いることになったオシム監督は日頃から物事の裏側まで深く分析するなど、独特な考えを持つ理論派としても知られており、周囲を困惑させることも珍しくなかったが、07年に行われた講演会で披露した“オシムの言葉”はサッカー界のみならず世間をざわつかせた。

 オシム監督は「日本になぜ(アルゼンチン代表FWリオネル)メッシのような一流の選手が現れないかわかりますか」と切り出すと「日本は豊かな国で子供たちも十分な教育を受けているからです」と指摘。かねて言われているハングリー精神が足りないという意見を展開すると思いきや「子供たちはわかってしまうのです。中村(俊輔)や高原(直泰)になるためには、あと、どれだけの努力をしなければならないかを…」と語った。

 オシム監督が率いていた日本代表のエースFW高原はドイツ1部Eフランクフルトの所属。代表の10番を背負っていた俊輔はスコットランド・プレミアリーグのセルティックでプレーしていた天才司令塔だ。2人は海外クラブで孤軍奮闘しながらも着実に実績を積み重ねてきたオシムジャパンが誇るトップ選手だ。

 ただオシム監督が日本サッカー界を見ると、2人にあこがれる子供たちはいるものの、同じような選手になるために多くのものを犠牲にしなければならないことを理解しているという。特に日本は教育水準も高く自身の将来についての選択肢は多い。だからこそ、厳しいプロの世界に進む必要がないため、なかなか超一流選手が育たないという見解だ。決して他国の教育や文化の水準が低いわけではないものの、日本社会にも切り込んだ独自の考察といえそうだ。

 日本サッカー界のために数々の提言をしてきたオシム監督も07年11月に脳梗塞で倒れて指揮官を退任。その後もメディアを通じて日本に独自スタイルの確立を求めるなどさまざまな意見を発信してきたが、22年5月1日、80歳で死去した。日本サッカー界の発展に貢献した功労者のご冥福を祈りたい。