1984年ロサンゼルス五輪の柔道無差別級金メダリストで日本オリンピック委員会(JOC)の会長を務める山下泰裕氏(64)が19日、五輪2連覇の故斉藤仁さん(享年54)の次男・斉藤立(たつる=20、国士舘大)が優勝した先月29日の全日本柔道選手権を振り返り、父子への熱い思いを口にした。

 現役時代に203連勝の金字塔を打ち立てた山下氏にとって、3つ年下の仁さんは切っても切り離せない関係だ。対戦成績で8勝0敗と圧勝し、長年「壁」として立ちふさがっただけに「立から見たら、僕は一番憎き人間かもしれないよ」と笑みを浮かべ、劇的な優勝について「(決勝は)延長の長い試合になったが、本当によく頑張った。何としても勝つんだっていう執念、そして立の成長を感じた試合だった」と興奮気味に語った。

 会場で見守った山下氏は立の対戦相手の動きもチェック。「まともにやっては勝てないと思って、立が嫌がるように試合をやっていた。ものすごく研究しているのが分かった」と分析した上で「だから立も周りの選手以上に、相手を研究していかないといけない。ただ、柔道のスタイルを変える必要はないと思う」と話した。

 山下氏は全日本柔道連盟の会長でもあるだけに「試合会場で特定の選手に声をかけることは立場上できない」というが、仁さんとは指導者となってからも盟友関係にあった。仁さんが亡くなるまで「山下副会長、斉藤強化委員長」体制で全柔連を支えた。生涯のライバルで、信頼を置いた後輩の息子への、特別な思いは隠せない。

「もちろんジン(仁)ちゃんに対する思いがあるから、ひいき目に見ている部分はある。でも、それを差し引いても柔道の質、柔軟性はすごい。あの大きな体で、片足で立って刈り切ったり、はね上げたり、担ぎ技をやる。まだまだ強くなってもらわなきゃ困るね。伸びシロも一番あると思う」

 全日本選手権の当日、山下氏は仁さんの遺品のネクタイを着用したことをすでに明かしている。「ジンちゃんが亡くなった後、奥さん(三恵子さん)から愛用のネクタイをもらった。今まで使ったのは2回だけ。1度目はリオ五輪、2度目は去年の東京五輪。そして、今回が3度目だった。前日の晩に普段のネクタイを準備していたが、当日の朝、これにしようって思ったんだ」

 その理由を問うと「想像に任せる。あえて言わない」とニヤリ。全日本選手権は仁さんとの最後の対決(1985年4月29日)となった舞台で、自身の現役ラストマッチでもある。

 山下氏は「たぶん、ジンちゃんは空の上から試合を見てハラハラしただろうな。まだ息子はオレの足元にも及ばないと思っているだろう」と目を細めた。そして、未来を担う2世へ「全盛期のお父さんと五分に試合できるような姿を目指してほしい」と激励した。