シンガー・ソングライター谷村新司(73)は、デビュー50周年を迎えた今も、「夢のその先」を見据えている。数々の名曲を生み出し、歌ってきた半世紀。常にチャレンジを続けながら、決して色あせることがない普遍的なものを追い求める、谷村の音楽人生があった。【大友陽平】

★ユーミン同期

50年。半世紀の間、音楽を生み出し、歌い続けてきた。

「あまり過去を振り返らないタイプで、『次にこうしたいな』『今度はこんな夢を追いかけたいな』というのが絶えずあるので、好奇心を持ち続けてきて、気が付いたら50年たっていたというのが正直なところです」

71年12月にアリスを結成し、72年3月5日にデビューした。

「今思えば、何もなかった時代で、逆に自分たちで工夫をして、それぞれがスタイルを作っていけました。僕らがやってたフォークソングだったり、テレビからは若い10代のアイドルがいっぱい出てきたり、多種多様なものが一気に花開いてきた時代でした」

アリスをはじめ、松任谷由実、郷ひろみ、石川さゆりら、今年50周年を迎えているアーティストは多いが「ライバル意識みたいなものはなかった」という。興隆していく音楽界の中で、谷村が特に大事にしてきたのが言葉だった。

「その人がどう生きようとしてるか、何を伝えようとしてるかという部分は、やっぱり言葉の中にしか出てこないので…。だから、その言葉を大事にすることが、自分およびアリスの中ではいつもテーマでしたね」

これまで生み出してきた曲数は700近くを数える。自身の曲はもちろん、そのうちの100曲ほどは、他のアーティストの楽曲だ。楽曲提供を行う際は、必ず直接コミュニケーションをとっている。

「本人はどんなことを考えて、どう思ってるんだろう? 僕らが見ている面じゃない素の本人の気持ちというのを、作品の中にできるだけ上手に込めて、本人が詞を書いたような気持ちになって歌ってもらえるようなものを作ってきました」

★山口百恵の「覚悟」

谷村の代表曲の1つは、「いい日旅立ち」だろう。山口百恵さんへの楽曲提供は、ターニングポイントの1つだったという。百恵さんは谷村の自宅にもよく遊びに来ていた。

「中森明菜さんもそうなんですけど、キラキラと輝いて、楽しそうにやっている裏に、何か秘めているものがあるのでは? とすごく魅力を感じました。百恵さんは引退されて一切表に出ていないですが、自分はこの人と生きていくという覚悟が、彼女の中にはあったんです。『This is my trial(私の試練)』は、自分の帰っていく場所はファンの胸の中じゃありません、という曲。当時は『ここまで書いちゃっていいのかな?』って思ったんだけど、彼女の正直な気持ちを1つの作品にしたいと。まさか、さよならコンサートの1曲目に歌うとは思わなかったので驚きましたが(笑い)。でもそれが、彼女の覚悟だと僕は思いました」

4月から開催している恒例のリサイタル「THE SINGER」では、「This-」をはじめ、提供曲を“お里帰り”させて歌っている。

「久しぶりに作品を聞いて歌ってみると、『いい曲だな!』って(笑い)。旅立った時より、数段大人になって戻ってきている感があって、すごくうれしかったです」

やしきたかじんさんの「砂の十字架」(81年)もその1つ。アニメ「機動戦士ガンダム」シリーズ劇場版第1作の主題歌で、仲間や家族を守るために戦わざるを得なかったアムロ・レイの心の葛藤を描いているが、41年たった現代にも刺さる曲となっている。

「700曲近く書いてきて振り返ってみると、書いていることって、そう変わってないんです。普遍のものをちゃんと書きたいというか。普遍のものって、色あせないんですよ。『砂の十字架』も40年前に考えていたことが、今妙にリアルで…。絵空事ではなくて、コロナがあったり、戦争があったりという時代になった時、こう近く感じることもあるんだと思いました」

母は長唄の三味線、姉は地唄舞をやっている家庭に育った。谷村少年は、知らず知らずのうちに音楽に触れていた。

「長唄の文句を、耳で覚えてるんですよね。当時は何のことかよく分からなかったけど、大人になって、日本語の奥深さをすごく感じられるようになったんです。『昴-すばる-』も、何で『我』なんですか? とよく聞かれましたが、自分の中ではこう背筋が伸びる感じがしたり、覚悟みたいなものがにおったりする…。そういう感覚が、自然と自分の中に芽生えていたんだと思います」

★ジャニスの歌声に鳥肌、涙

「両親から三味線を習わされそうになって、それが嫌で(笑い)」ギターを手にした。当時のギターの先生はピーター・ポール&マリー。お年玉をためて買ったレコードを、自宅のステレオで流して練習した。高校時代に「ロック・キャンディーズ」を結成。それまで自らが歌うつもりはなかったというが、70年には大阪万博が縁で米国を訪れ、歌の魅力にとりつかれた。

「生でジャニス・ジョプリンの第一声を聞いた瞬間に、体中鳥肌が立つというか、問答無用で細胞がバーンって震えたんです。涙がボロボロ出て。歌ってすごいって思って。僕の中で歌に対する認識が全部変わった出来事でした」

帰国後にアリスを結成。約10年で一時活動を休止したが、その後再始動し、それぞれソロ活動と並行しながら、活動を続けている。

「アリスでやった10年間というのは、いい意味で心の修行ができました。13年、19年にツアーをやったんですけど、19年の方が全然良くなっているんです。それぞれに対するリスペクトがちゃんと確立してるということもありますし、最近はそれぞれの良いところを褒め合う! これが一番の頑張るエネルギーになる。もう恥ずかしくない(笑い)。3人でラジオをやっても、こそばゆいぐらい褒め合ってます!」

「アリスSDGs」という新たな目標も掲げた。

「今後10年、新たにやっていきましょうと宣言しました。正直やれるかな? というのはありますが、やろうという気持ちになってることがすごく大事。ファンの皆さんと一緒に夢を追いかけるという意味でも、この宣言は自分たちにもプラスの影響を与えてくれると思います」

谷村にとって音楽とは“夢”だという。新曲のタイトルも「夢のその先」だ。

「ゴールがない夢だからこそ、次々とチャレンジしたくなる。多分これをずっと続けていくんじゃないかな。前向きに動いていると、新しい出会いも増える。立ち止まっている限りは、景色は変わらないので…。ゆっくりでも動いていることによって、変わっていく景色を体感できる。それが大事なんだと思います」

半世紀の経験と、これからの未来。谷村が思い描くその夢の先には、まだまだ可能性が広がっている。

▼家族ぐるみで親交が深い天海祐希(54)

谷村家の“長男”の称号を頂戴しております(笑い)。ステージ上では光り輝くスターとしての谷村新司さん。聞いている私たちを、一瞬で別世界に連れて行ってくださいますが、普段の谷村パパは、あのまま穏やかで温かくおもしろく、頼もしい人生の先輩です。ご自宅はもちろん、軽井沢でのレコーディングにも、なぜか私、旅行気分でちゃっかりお邪魔したりして…。あ、長男ですから(笑い)。谷村さんは、人と人、心と心、歌と思い出、文化と文化…何かをつなぐ役割がおありになるのではと常々感じているのです。どうかお元気で、すてきな歌を作り、歌い続けていただきたいですし、私は憧れのまなざしで見詰めていきたいです。

◆谷村新司(たにむら・しんじ)

1948年(昭23)12月11日、大阪府生まれ。71年12月、神戸の音楽サークルの後輩堀内孝雄と「アリス」を結成。翌年3月に「走っておいで恋人よ」でデビューし、同5月に矢沢透が加入。「チャンピオン」などヒット曲多数。ソロとしても74年に初のアルバムを発売し、80年に「昴-すばる-」が大ヒット。NHK紅白歌合戦はソロで16回、バンドで3回出場。加山雄三と共同制作した「サライ」や、山口百恵さんの「いい日旅立ち」など楽曲提供も多数。15年に紫綬褒章を受章。

◆「THE SINGER」

谷村の春恒例のリサイタル。10年目を迎え「夢のその先」と副題をつけた今年は、4月に東京、大阪公演を開催。7月に名古屋、倉敷、神戸でも開催予定。4月9日の東京・国立劇場公演の模様などを収めたDVDなどプレミアムBOXを6月29日に発売。