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これは、宮崎駿が手がけた長編作品のなかで、最良と呼んでいいものではないだろうか。そもそも最高や最強といったマッチョな価値観とは無縁だった彼の本質が浮き彫りになったという意味でも、ここには有機的な躍動がさざなみを描いている。
宮崎駿は無防備な作家である。だから『ハウル』ではジェンダーをめぐる転倒を起こしたし、『ポニョ』では生死が混濁した。そのありようは、誤解をおそれないというより、曲解されてもかまわないという、案外ずぼらな性根に起因しているように思える。それは、過去に何度かインタビューしたときに彼自身から感じた、ある種の美学の放棄――それは余裕、とは違う――とも一致する。
そんな無防備さが、『風立ちぬ』では、スプーマ(泡)のようなフォルムへと達している。世界を支配するのではなく、世界に溶けていくような自意識が、ここにはある。そのなめらかさ、なまあたたかさ。
彼はもう冒険を描かない。冒険を生きる。その冒険の前では、震災も戦争も国も恋愛も夫婦も個人も、この物語に描かれているものたちは、もはや何の役割も果たさない。それはすべて――このようなことがあった――という経過=過程にすぎない。
宮崎駿がここで見つめているのは、時間である。それしか綴っていないといってもいいほどだ。人生において、何が起きたかは問題ではない。それがどのように推移していったかが大切なのだ、とこの映画はつぶやいている。荒木経惟が写真集『センチメンタルな旅』に寄せた文章が想起される。「私は日常の単々とすぎさってゆく順序になにかを感じています」と荒木は自筆で記した。“単々と”は“淡々と”の誤字かもしれない。しかし『風立ちぬ』に出逢うとわかるのだ。人生は淡々と流れていくのではなく、“単々と”飛び立っていくのだということが。
宮崎駿は、時間を夢想の力で紡ぐ。ひとつの時間が、次の時間に進むとき、夢想によって連結され、単一化する真実が、すっきりと映し出される。主人公はひたすら煙草を吸いつづける。ゆらめき、やがて、はなればなれになっていく煙の反復に、最良の情緒が宿る。そのとき、風は立つ。これが宮崎駿が生きる最新の冒険だ。
『風立ちぬ』
公開中
文:相田冬二
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