【鈴木ひろ子の「レスラー妻放浪記 明るい未来」9】11月27日にNHK・BSプレミアムで放送されたアントニオ猪木氏(78)の闘病生活密着ドキュメンタリー「燃える闘魂 ラストスタンド~アントニオ猪木 病床からのメッセージ~」が大きな反響を呼んだ。同番組を手がけた共同テレビジョンのプロデューサーで猪木氏の弟子、KENSO(ケンゾー=47)と鈴木ひろ子氏(46)夫妻による連載「レスラー妻放浪記 明るい未来」第9回では、その舞台裏を緊急公開。番組の“陰の仕掛け人”は、鈴木夫妻にとって明大の先輩にあたる“元暴走王”小川直也氏(53)だった――。

 前回、紙面にてお伝えしたNHK・BSプレミアムでの猪木会長のスペシャル番組。全てをさらけ出す猪木会長の姿は私にとっても大きな衝撃でした。「ファン商売」であるレスラーにとって、その弱い部分も含め全てをさらすことは想像以上に勇気のいる決断です。

 番組中の猪木会長は、「猪木寛至」ではなく、体をはって最後の最後まで「アントニオ猪木」を演じている。良いことも悪いことも、すてきなところもダメなところも、そのすべてから何かを感じ取ってほしい。会長が番組で見せた姿には、ファンの心理を読み続けてきた、一流のレスラーの誇りすら感じました。

 こうして猪木会長の覚悟で実現したこの番組ですが、実はその裏には小川直也先輩の存在があります。これまでプロレスに関わる、さまざまな人の人生に影響を与え続けている猪木会長ですが、大きな影響を受けた人といえば小川直也先輩もそのうちの一人でしょう。

 ケンゾーと小川先輩の最初の出会いは新日本プロレス時代の小川VS橋本戦にさかのぼります。ケンゾーにとって小川先輩はまさに敵。当時は小川先輩に対する憤りで、橋本選手が負けた夜には本気で泣いていました。

 とはいえ、小川直也選手は明治大学柔道部の出身。明大の先輩に対しては当時の明大体育会の上下関係は他校の同級生がドン引きするほどすさまじく、そうした空気は卒業してからも抜けないもので、その後ハッスルでご一緒しても、小川先輩とはなんとなく縮まらない距離がありました。

 その後、明大ラグビー部の特番で小川先輩と私がホストを務めることになり、プロレスを離れた現場で改めて再会を果たしました。さすが小川先輩は昔と変わらない体形を維持されていましたが、表情は昔よりずっと柔らかくなった印象がありました。食事もご一緒させていただき、さまざまなお話をうかがい、私たち夫婦は、初めて本当の「小川直也先輩」を知ることになります。実は最後まで橋本選手を気遣っていたことやプロレスへの思い。その人柄を知り、ケンゾーの小川直也先輩への緊張が一気に解けました。

 そして昨年の11月。夫婦で出演した、レック株式会社の永守社長のイベントで、久しぶりに小川直也先輩ご夫婦に再会しました。久しぶりにリングに上がれるうれしさで、私はひとり張りきって早々と後楽園ホールに入ると、静かな控室に懐かしい姿がありました。

「お久しぶり」

 聞き覚えのある声です。その同じイベントにキャスティングされていた小川先輩ご夫婦でした。とはいえ明大の先輩となれば、何を言われてもケンゾーの返事に「いいえ」はありません。50歳を目前にしても大学の先輩の言うことは絶対です。

「ケンゾー、年末に猪木会長に会うんだよ」

 唐突に飛び出した「猪木会長」という言葉にケンゾーが目を見張りました。

「今、ユーチューブで会長がいろいろ発信してるのは知ってるだろ」

「…はい。知ってます」

 ケンゾーの返事は「はい」と「イエス」しかありません。

「今、ケンゾーはプロデューサーだって聞いたけど、そうか?」

「はい、自分は、プロデューサーをさせていただいてます」

「でな」

「…はい」

「会長のドキュメント。テレビ番組として、どうかな」

「はぃ…番組ですよね」

「猪木会長のためにさ。テレビで。番組、作ってくれないか」

 ケンゾーも慌てて頭の中を整理します。多少、間が空きました。これぞ明大伝統の「むちゃぶり」です。自分でできることなら何でも「はい」ですが、番組を作るとなると、予算もスポンサーも企画の承認もあり、そう簡単にはいきません。

「なんとか、ならんか」

 先輩からの大きなひと言でした。見事なほど、言葉が足りない体育会男子の会話です。いろんな言葉がなくても、ケンゾーにはその思いが理解できていました。

「はい。猪木会長のドキュメント、俺、やります」

 先輩からのむちゃぶりで、ケンゾーは猪木会長の番組制作を決めました。この番組に小川先輩は一切顔を出しませんでした。そういえば橋本選手に対しても、メディアでは小川VS橋本戦の「敵」に徹していました。

 高校から始めた柔道で一気にトップに上り、アマレスの経験もないまま、プロレス界に入った小川先輩。一方、花園に出場していないのに高校日本代表となり、ラグビーから入門したケンゾー。2人とも坂口征二会長のスカウトで新日本プロレスに入り、鳴り物入りで東京ドーム大会デビューを果たした数少ない選手です。

 ですが、その経歴からケンゾーはいつも心のどこかに「アウトロー」な部分を拭えずにいました。そんな気持ちも小川先輩なら理解してくださるのかもしれません。そっけなく見えて本当はシャイで優しい、2人の大男の、恩師への思いで実現した番組なのです。

 最後に「燃える闘魂 ラストスタンド~アントニオ猪木 病床からのメッセージ~」再放送、みなさま乞うご期待!

 ☆すずき・ひろこ 1975年2月14日生まれ。千葉・船橋市出身。明大卒業後に福島中央テレビにアナウンサーとして入社。2003年にケンゾーと結婚し翌年に渡米。WWE入りした夫とともに、自身は日本人初のディーバ「ゲイシャガール」として大活躍。ハッスルやメキシコマットでも暴れ回った。現在は政界に転身し、千葉県議会議員を務める。一児の母。

 ☆ケンゾー 本名・鈴木健三。1974年7月25日生まれ。愛知・碧南市出身。明大ラグビー部を経て一度は就職するが、99年に新日本プロレス入り。2002年2月にアントニオ猪木から当時混乱していた新日本の現状を問われてリング上で「僕には自分の明るい未来が見えません」と発言したのは語り草だ。その後は米WWE、ハッスル、全日本プロレスなどで活躍。現在は共同テレビジョン勤務。191センチ、118キロ。