【久保康生 魔改造の手腕(37)】入団5年目の2017年途中から不調に陥り、いまだ復活を遂げられていない。藤浪晋太郎の動向はファンの皆さんの大きな関心事だと思います。

 現状の藤浪は、私が初めてメッセンジャーを見た時の状態に類似しています。腕が下がってしまい、投球の軌道が長方形の立体であるストライクゾーンをうまく通せない状態です。

 常にゾーンに向かってきて、そこからボールゾーンへ逃げる球とは逆で、打者からすれば選球しやすいボールです。160キロを超える剛速球でもコンタクトされてしまいます。

 当時、二軍投手コーチであった私は、コーチ生命を懸けて藤浪再生に取り組む覚悟を決めました。絶対にこのまま潰してはいけない。この選手をしっかりモノにできないなら、自分には投手コーチとしての資格はない。責任を取る覚悟で臨む。そういう思いで藤浪に接する心算でした。

 ところがです。あるチームスタッフから声がかかり「藤浪に関しては福原コーチに担当してもらいます」との方針が示されました。一軍でも一緒にプレーし、17年から育成コーチに就任していた福原(現一軍投手コーチ)に一任するとのことでした。

 会社が決めた方針です。残念ながら、藤浪に関しては少し距離を置きました。徹底的に基本から藤浪を立ち上げようと、頭の中では構成をしていました。しかし、それはかないませんでした。

 9月の終わりに球団から連絡があり、指定されたホテルに呼び出され来季の契約を結ばない旨を通知されました。その理由が説明されることはありませんでした。

 藤浪には「すまんなあ。何かあったら連絡しておいで」と言って別れました。

 藤浪が復活するかどうか。これは球団の浮沈を握っていると言っても過言ではありません。野球の興行というすごい商売を会社は担っています。ポテンシャルの高い選手をしっかり開発できなければ当然、担当者の責任になります。

 預かった選手をモノにできなければ担当スカウトにも、会社にも、その選手に関するプロジェクトに携わったすべての人間に迷惑がかかります。

 ものすごいパワーを秘めたモンスターのようなエンジンを携えたマシン。藤浪を自動車に例えればフェラーリのような存在です。これを操るには安定した精神、繊細な技術、スタッフのマシンセッティングなどサポートが不可欠です。しかし、現在は車に振り回されている状態です。

 だからこそ、原理原則の基本を土台とした簡素化された、簡単なパーツで投球フォームを組み立てるメソッドが不可欠なんです。

 身長197センチという素材、高さを生かすべく、バランスと体重移動を身につける。今は幅30センチ程度の板の上で投球する、平均台投法が有効だと思っています。

 そうすると、自分の体のどこにバランスがあるかというのが、おのずとわかると思います。右足一本で立った状態から、踏み出して投球したときに平均台から落ちずに投球が完了できるように立ち続ける。

 そうしていけば自分の腕の位置、高さ、頭の位置、自分の重心の位置というのが簡単に認識できると思います。

 モンスターであればあるほど、単純な技術をいかに正確に覚えるということが大事か。長身の投手が長く生きる道。一度覚えれば、長年にわたって通用する一生の武器。身につけてほしかったです。
 その気になって練習して、その先を楽しみにしたかったのですが。その下地となる関係性をつくって…という段階で終わってしまいました。

 今からでも遅くない。メジャーにも行けます。のちに大リーガーとなった投手を多く見てきた私が言うんです。今は遠くから見守ることしかできませんが、本人の野球人生が豊かになることを切に願っています。

 ☆くぼ・やすお 1958年4月8日、福岡県生まれ。柳川商高では2年の選抜、3年の夏に甲子園を経験。76年近鉄のドラフト1位でプロ入りした。80年にプロ初勝利を挙げるなど8勝3セーブでリーグ優勝に貢献。82年は自己最多の12勝をマーク。88年途中に阪神へ移籍。96年、近鉄に復帰し97年限りで現役引退。その後は近鉄、阪神、ソフトバンク、韓国・斗山で投手コーチを務めた。元MLBの大塚晶文、岩隈久志らを育成した手腕は球界では評判。現在は大和高田クラブのアドバイザーを務める。NPB通算71勝62敗30セーブ、防御率4.32。