あなたの話をお聞かせ下さい――。作家で僧侶の家田荘子氏が気になる人物に迫る「駆け込み寺」対談編。話すことで自身を見つめ直し、人生の学びを見いだす。今回のゲストはコントトリオ「B21スペシャル」のメンバーとして人気を集めたデビット伊東(55=以下、デビ)。俳優、ラーメン実業家の顔を持つデビが恩人と語るヒロミ、とんねるず、いかりや長介さんとの出会いと秘話を明かした――。


 家田 ターニングポイントになった出会いは。

 デビ ヒロミさん、とんねるずさん、いかりやさんとの出会いです。

 家田 ヒロミさんとの出会いは。

 デビ 歌舞伎町のショーハウスで働いてる時に出会ったのがヒロミさんとチンさん。お客さんから星セント・ルイスのセントさんを紹介してもらって「グループを組んだ方がいい」と言われて3人で組んだんです。その後、六本木のバナナパワー(※注1)に行きました。

 家田 台本は誰が。

 デビ コントは基本的にヒロミさんが書いてました。コントをきっちりやって段取り、段取りというチームが多いけど、あの人はそれが嫌。段取りを自分の中に全部入れてアドリブっぽく見せたい。その時から才能が飛び抜けてた。バナナパワーからテレビに出るの一瞬でしたから。

 家田 同時期にはダウンタウンが活躍していた。

 デビ 全くしゃべってなかった。バリバリしてましたから向こうも。楽屋から出てきた瞬間から本番。お互いに取り巻きがいますから、それで本番ドーンとぶつかる。あとヒロミさんから「ダウンタウンとしゃべるなよ」って。で、ヒロミさんだけ裏でしゃべってました(笑い)。すごいのよ、うま~く立ち回るのよ、あの人。今でも仲良し。

 家田 とんねるずとの出会いは。

 デビ 僕は生ダラ(※注2)という番組に出演してたけどテレビの楽しみ方を教えてもらった。とんねるずさんはテレビを遊んでるんですよ。スタジオだと何カメもあって(出演者を)抜いていくんだけどワンカメショーで抜いていくと臨場感が生まれる。テレビってこうやって作っていくんだって目からウロコでした。

 家田 お二人は普段どういう方。
 
 デビ 貴明さんは2人きりだと寡黙です。ここだけの話なんにもおもしろくないです(笑い)。ただスイッチが入ったら天才。憲武さんは演者、貴明さんは名プロデューサーだと思ってます。

 家田 ラーメン屋さん、どうして。

 デビ 生ダラで貴明さんと憲武さんに「ラーメン屋いいからやれ」って言われて「はい、わかりました」って言っちゃいました(笑い)。

 家田 そのラーメン屋さんが当たった。

 デビ そこからラーメンブームみたいにドーンってなって。

 家田 お店が大盛況の中でもドラマに出演。

 デビ (以前にドラマで共演した)いかりやさんが1人でお店に来て「いいから、芸能界に戻れ。ラーメン屋さんそのままやっていいから必ず戻りなさい」と。「分かりました」と言って付き人兼役者になって色々なことを教えてもらいました。

 家田 どんな教えを。

 デビ 「役者をやらせてもらってるんだよ、おれは。だから努力するんだよ。役者の倍以上努力するからうちらは必ず形がある」って。おれはまだまだやってないなと思って役者にハマっていったし、最後看取ったのはドリフターズと僕ですから。

 家田 付き人のようにくっ付いていた。

 デビ 一緒にドラマに入ってる時に朝1時、2時になっても「ゲスト、スタッフがいるから」って絶対帰らない。次の日、朝7時に5ページぐらいの台詞を朝一発目からダーッと言える。それで1回でもトチるとお酒を出すためにマラソンしに行くんです。で、撮影が終わったら「今日はどうする」って言うから「寝なさい」って言って(笑い)。(対談の模様はユーチューブ家田荘子チャンネルで配信中)

※注1…六本木のショーハウス。ダチョウ倶楽部、ホンジャマカらを輩出した。

※2…91年から日本テレビで放送された「とんねるずの生でダラダラいかせて!!」。とんねるず司会のバラエティ番組。

☆でびっと・いとう 1966年8月12日生まれ。埼玉県出身。愛称はデビ。86年にヒロミ、スターちんとともにコントトリオ「B21スペシャル」を結成。2000年に「とんねるずの生でダラダラいかせて!!」の企画でラーメン店で修行し、渋谷にラーメン店「でび」を開店。