俳優仲代達矢(89)の役者70周年を記念する、無名塾の舞台「左の腕」の東京公演がシアター1010で上演中だ。昨年11月に石川県七尾市の能登演劇堂で幕を開け、関西、九州などを巡演し、東京にやってきた。

盛況な初日だった。終演後、3回のカーテンコールとスタンディングオベーションが起こると、仲代が劇場を見渡して感無量の表情で両手を合わせたのが印象的だった。

原作は松本清張氏の小説。江戸時代、過去に罪を犯した男が懸命に生きようとする姿と、追い払えない影を描いた。きまじめで純朴そうな男の表情の中に、ちらりちらりと鋭い視線が走る。くすっと笑えるやりとりと緊張感のある場面が混在し、物語に没入できる1時間半だ。

昨年11月の能登公演も観劇したが、ここまで50公演以上上演してきて、仲代をはじめとする出演者一同が、一層「左の腕」の世界の人になっているように感じた。せりふ回しや間などがいい意味でこなれてきて、のびのびと演技をしていた。仲代の立ち回りもキレを増していた。-と書いてみて、能登の初日から1カ月後に89歳の誕生日を迎えたというのに、“キレを増した”って、あらためてすごい。

70年の役者生活の中、一昨年と昨年のように舞台に立てない状況になったことはなかった。それでも、昨年能登の初日前に、仲代に話を聞くと「待つということが役者の商売。非常に残念でしたが『よし次まで待とう』という気持ちでした」と泰然自若としていた。さらに「演劇人は作り続けなければいけない」と、さらに意欲を増したことも話してくれた。

舞台の初日が開くと、出演者の多くが「ここまでたどり着いたことが奇跡」と言う。大げさではなく、実感をもっての言葉だと感じる。幸い「左の腕」はここまでの公演で、中止公演はなく、1日1日が奇跡の積み重ねのようだ。

東京公演は3月13日まで。その後、中部、北陸を周り、4月14日に名古屋で大千秋楽を迎える。【小林千穂】