五輪女王が見せた〝引き際の美学〟とは――。スピードスケート女子で2018年平昌五輪金メダルの小平奈緒(35=相沢病院)が12日に長野市内で会見し「10月の全日本距離別選手権を競技人生のラストレースにします」と引退の意向を表明した。今季終了後に現役続行への手応えを口にしていた中、なぜこのタイミングで決断を下したのか。その裏側には、中高6年間を指導した宮田スケートクラブの新谷純夫氏の教えがあった。


 新谷氏の言葉を借りれば〝奈緒らしい〟1時間半の会見だった。かねて地元・信州に特別な思いを抱いてきた小平は、長野・エムウェーブで開催される10月の全日本距離別選手権をラストレースに選択。「最後に自分のスケートを表現するのは、地元の信州。育ててもらった信州でラストレースをしたい」と胸の内を明かした。

 10月のレース後に引退を発表する選択肢もあった。だが、小平は「先に言った方が多くの人が後悔しないかなと。たくさんの人の思いとともに滑りたい気持ちがある。早い段階で言った方が皆さんの心も決まると思うし、自分の心にも嘘をつきたくないので」と本心を包み隠さずに伝えた。新谷氏は「やっぱり地元の人たちに見てもらいたいだろうし、最後のお返しという意味合いもあると思う」と神妙に語った。

 北京五輪ではメダル獲得を逃した一方で、今季を終えて「まだまだ滑り続けることはできる」と手応えをつかんだ。それでも「長い人生を考えた時にスケートだけで人生を終わりたくない。自分の実力で物事を考えるよりは、人生を彩り豊かにしたいとの思いがある」と競技生活に区切りをつける決断を下した。小平のコメントを聞いた新谷氏は「(小平が)高校3年の時に私がいろいろと話をしたことを、ずっと考えてくれていたと思う」と回想する。

 アスリートは現役を退くまで、競技一筋の人生を送っているケースが多い。しかし、恩師の考えは違った。「実業団を選択してスケートのみの生活になった時に、うまくいけばいいけど、うまくいかない可能性もある。大学に行くといろんな交友関係もあるし、学問的な深み、人間としての深さも出る。そういう時に『今しかできないことをやるにはどうするか』を考えないと」

 何度も話し合いを重ねる中で、小平は実業団からの誘いを断り、信州大に進学して教員免許を取得した。大学卒業後も常に先を見据えて行動。競技で燃え尽きる前に新たな世界に踏み出すのは、小平にとって自然な流れだった。

 今後について小平は「トップスポーツにかかわるというより、地域貢献という形で皆さまに貢献できたら」と話すにとどめたが、新谷氏は「スケートを辞める決断をしても、また新しい世界で輝けると思っているので、期待もしています」と太鼓判。第2の人生でも〝金メダル級〟の活躍を見せてくれそうだ。