多発性骨髄腫と闘う漫才師、宮川花子(67)が24日、奈良県生駒市で、闘病記「あわてず、あせらず、あきらめず」の出版記念講演会に臨み、同じ病からドラマ復帰が報じられた俳優佐野史郎に勇気をもらったと語った。

「病気と闘いながらも、がんばっていけると思えた。それを証明してくださいという気持ちです」

勇気を受け取り、そしてエールを送った。

19年6月から闘病、リハビリを続ける花子はこの日、病に倒れてから初めて1人で講演に出演。30分予定をオーバーして1人でしゃべり続け、休憩をはさんで夫大助(72)とのトーク。1時間を超えるしゃべりを展開した。

終演後、囲み取材に応じ、大助は「無事に終わって何よりです。嫁はんが元気で、生きていることが最高の喜びです」とホッとした思い、本音を吐露した。

一方の花子は、この日のトークへ準備を重ねて、前日も楽しみにしていたと言い、大助は「体力がもつのか不安だった」とも。

ただし「不安で寝られへんかった…」と大助が言いかけると、即座に花子が「あんた、8時に寝てたやん。(前日夜のナイターで)阪神負けたの知らんやろ」と、取材の場でも鋭いやりとりを展開した。

花子は昨年末からじょじょに仕事を再開。今年1月には寛解状態となり、週1回の化学療法も、今では月1回に。リハビリの強度も高め「100数えるまで立てるか、って、毎日やっています」と明かす。

それはすべて、夫妻が目標に掲げてきた漫才復帰のため。聖地なんばグランド花月(NGK)のセンターマイク前での漫才を最終的な夢として秘めており、歩行訓練も重ねてきた。

ただ、それも昨夏のパラリンピックで「車いすで漫才はあかん、恥ずかしいと思ってたことが恥ずかしい」と考えが変化。今では「会社が理解してくれるなら、車いす(での漫才)もありかな」ととらえる。

それでも、体力アップのため、リハビリは欠かさず、花子は「ほんまは歩きたい。夢ではずっと走ってます。車いすのってへんねん」とも語った。

歩いてセンターマイク前へ-というのは、まだ遠いとも感じる。それだけに、花子は「でも、それできたら、人生終わってまうんちゃうか」と複雑な思いも。そんな花子に大助が「そんなことない」と叱咤(しった)する場面もあり、漫才とは正反対、実生活での夫唱婦随ぶりものぞかせた。

そんな夫妻だけに、佐野の仕事復帰は大きな勇気となったようで、「早い目に復帰されて、本当にうれしい」とわがことのような喜びよう。この病の薬は日々、開発が進んでおり、大助は「毒をもって毒を制す。あんた(花子)の毒舌で抗がん剤の毒も」。と…締めたつもりだったが…。

花子が「はあ? あたしは毒か? 誰が毒舌や」とつっこみ返し、取材の場も盛り上げていた。