劇団四季の新作オリジナルミュージカル「バケモノの子」が4月30日、東京・港区のJR東日本四季劇場「秋」で幕を開けた。15年に公開された細田守監督の同名アニメ映画の舞台版。「劇団四季史上、最大規模の新作オリジナルミュージカル」とうたう同舞台の構想が浮上した18年末から開幕までの約3年半の軌跡を振り返る。

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劇団四季は22年に大型のオリジナルミュージカル上演を目指していた。どんな作品をやるのか。19年「カモメに飛ぶことを教えた猫」をはじめ、「ロボット・イン・ザ・ガーデン」「はじまりの樹の神話」とオリジナルミュージカルの制作を担当してきた「企画開発室」では幾つもの候補があがっては消える中、浮上したのが「バケモノの子」だった。担当の室長が言う。「ファンタジー、アクションなどさまざまな要素が入り、エンターテインメント性もある。子供の成長を見守るたくさんの愛も描かれていて、劇団四季の作品にもふさわしい」。19年10月の役員会で、吉田智誉樹社長は「劇団四季は『人生は生きるに値する』と思える作品を上演してきた。『バケモノの子』にもこのメッセージがある。チャレンジしよう」とゴーサインが出た。

コロナ禍で公演中止が拡大する中でも、歩みは止めなかった。20年夏までに演出は「恋におちたシェイクスピア」に続き四季作品2度目となる青木豪さん、脚本・歌詞は「アナと雪の女王」の訳詞で知られる高橋知伽江さん、作曲・編曲は映画、ドラマで活躍する富貴晴美さんに決まり、振付、装置、照明、衣装・ヘアメーク・特殊メーク、マジック、映像、パペット(操り人形)のスタッフも固まった。スタッフは何回もミーティングを重ね、作品の骨格を作っていった。高橋さんは脚本を何度も書き換え、稽古始めの段階では9稿となった。

水面下で進行した「バケモノの子」上演を発表したのは21年6月。「劇団四季史上、最大規模の新作オリジナルミュージカル」とうたい、宣伝コピーは「驚天動地」。天を驚かし地を動かすように、世間があっと驚く作品を作ろうという心意気を込めた。オリジナル作品としては予算規模が最も大きく、すでに9月30日までの長期公演が決まっている。

6月にオーディションが行われ、劇団内から300人以上の俳優が参加した。子役オーディションには600人を超える応募があった。12月に出演候補キャストが発表され、熊徹には「ライオンキング」でシンバ役が長い田中彰孝、「リトルマーメイド」のトリトンや「ライオンキング」のムファサを演じ、父親役を多く演じた伊藤潤一郎が選ばれた。今年1月に本格的な稽古が始まり、2月に前売り券が発売された。完売は初日など数日だったが、担当者は「実際に作品をご覧いただければ、感動していただけると自信をもっています」。

3月には報道陣に稽古を初公開した。注目の舞台とあって集まった報道陣は約100人。青木さんは「作品のテーマの1つは『人を育てるのは、1人ではない』ということ。生きる喜びを届け、心のよりどころとなる舞台になることを願っています」と話した。劇中の28曲のナンバーからテーマ曲「胸の中の剣」などが披露され、高橋さんは「熊徹が歌うテーマ曲はすごくいい曲。お帰りに、絶対口ずさんでいただけると思います」。

4月には劇場で本番さながらの舞台稽古が4週間も続いた。4月29日にプレビューが行われた。オープニングで熊徹、ライバルの猪王山、長老の宗師などバケモノ界のキャラクターたちがアニメそのままの衣装や特殊メークで登場し、「バケモノの子」の世界に引き込まれた。熊徹と猪王山の対決、九太と猪王山の息子一郎彦の戦いでは俳優たちが操る巨大パペットが迫力と美しさで場面を盛り上げ、バケモノたちが明るく歌い踊る「修行」は見る者の心を湧き立たせた。

30日に初日を迎え、満員の客席に細田監督の姿もあった。終演後、細田監督は「小さな九太が出てきた瞬間、『本物だ』と思うくらい、存在感に驚きました。俳優さんをはじめ、舞台美術、衣装などの美しさ。劇団四季がこれまで培われた技術やアイデアが集約された舞台なのだなと。皆さんの熱量、パワー、イマジネーションによって、映画の世界が驚くほど忠実に、さらに上回るほどエモーショナルに描き出されていることに感動しました」と称賛した。劇団四季に新たな財産がまた一つ加わった。【林尚之】

◆「バケモノの子」 15年に公開された細田守監督のオリジナル長編アニメ映画で、日本アカデミー賞の最優秀アニメーション作品賞を受賞した。人間界の渋谷とバケモノ界の渋天街を舞台に、人間界の一人ぼっちの少年蓮が、バケモノ界の乱暴者の熊徹と出会い、強くなるために熊徹の弟子となる。九太と名付けられた少年が修行と冒険の中で成長し、熊徹との絆を深めていく物語。