9日は、対独戦勝記念日で、ロシア政府は戦意を高揚させるべく全力を尽くしている。特に重要なのは「不滅の連隊」という国民行事だ。

 これは、2012年から始まった比較的新しい伝統だが、国民に定着している。大祖国戦争(第二次世界大戦に対するロシアの呼称)に従軍、戦死した親族の写真をプラカードにして、それを掲げながら市民が行進するという行事だ。市役所、区役所、町役場に写真を持っていけば、行政が無料で写真を立派なプラカードに仕上げてくれる。行進が終わった後は、家族や友人で集まって、戦争参加者に感謝しながら食事会をする。

 日本や欧米諸国では、ロシア当局が「不滅の連隊」に参加することを国民に強要しているという印象を持っているが、それは実態と異なる。国民は、若い世代を含め、この行事に積極的に参加している。ロシア正教には、イコン(聖画像)を掲げて行進する伝統がある。この伝統を巧みに世俗化したのが「不滅の連隊」だと筆者は見ている。

 ウクライナにおける戦争について、ロシア軍の士気は低く、国民にも厭戦気分が広がっているという状況が日本や欧米の報道では強調されるが、これも実態から乖離している。

 ロシア人の大多数はこの「特別軍事作戦」に理解を示し、プーチン大統領を支持している。ロシア人の多くが、この戦争の相手はウクライナだけでなく、同国を軍事的、政治的、経済的に支援するNATO諸国(特にアメリカ、イギリス、ドイツ、ポーランド)との戦いと認識している。ロシア国民の不満が爆発してプーチン政権が瓦解するという希望的観測は捨てた方がいい。

 いずれにせよウクライナ戦争は長期化する。今後のシナリオは3つある。第1は大多数の日本人が望んでいるシナリオであるが、ウクライナの果敢な抵抗によって、ロシア軍がドネツク州、ルハンスク州、クリミアを含む同国全域から放逐される。第2は、ロシア軍がウクライナ全域を制覇し、ゼレンスキー政権が崩壊し、ロシアと融和的な新政権が生まれるというシナリオだ。第3は戦線が膠着状態になり、ウクライナが分解するというシナリオだ。ウクライナの東部と南部はロシアに併合され、西部のガリツィア地方に新欧米的なゼレンスキー大統領、もしくはその政権を継承する政府ができ、それ以外の地域(中央部)には中立国ウクライナが生まれる。

 いずれのシナリオの可能性が強くなるかは、現在、ウクライナ軍とロシア軍・ドネツク人民警察部隊が死闘を展開しているドネツク決戦の結果による。

 ☆さとう・まさる 1960年東京生まれ。85年、同志社大学大学院神学研究科を修了し、外務省に入省。ソ連崩壊を挟む88年から95年まで在モスクワ日本大使館勤務後、本省国際情報局分析第一課で主任分析官として活躍した。2005年に著した「国家の罠―外務省のラスプーチンと呼ばれて」で鮮烈デビュー。20年、菊池寛賞を受賞した。最新著書に精神科医・斎藤環氏との共著「なぜ人に会うのはつらいのか」(中公新書ラクレ)がある。