【どうなる?東京五輪・パラリンピック(96)】 新型コロナウイルス禍がなければ9日には東京五輪のフィナーレを迎え、ラスト2日は札幌開催となった男女マラソンが盛り上がっていたはずだった。そのマラソンについては、昨年から話題になっている厚底シューズ同様、競技用サングラスの性能も飛躍的に向上。特に東京五輪女子マラソン代表の前田穂南(24=天満屋)の愛用サングラスは日差し防止だけでなく、心理戦にも効果があるという。スパート時に「投げ捨てられない」ほど愛されるアイテムの秘密に迫った。

 紫外線や日差しから目を守るサングラスは、屋外スポーツのアスリートにとって必要不可欠。その性能は驚くべき進化を遂げており、昨年9月のマラソングランドチャンピオンシップ(MGC)で優勝した前田の愛用品には開発者の英知が結集されている。

 陸上競技者用サングラスのSWANS「イーノックスニューロン 20’」は、レンズの下部からツル(耳にかける部分)が出ている奇抜な形。「間違って逆さに着用している?」と勘違いしそうだが、これには深いワケがある。

 同製品を製造販売する山本光学株式会社の山尾優太郎氏(36)は「ツルが下側にあるのでサングラス全体の重心が低くなり、上下の動きに対して、より安定します。2時間つけ続けてもズレません」と説明。実際、前田も使用開始時から「軽くて負担もなく、走行時にズレることもありません。集中力を高めてくれる」と信頼している。

 また、同社は長距離アスリート約50人の頭部を3Dスキャナーで立体的に測定。すると日本人の標準サイズより小さいことが判明し、幅を狭く設計したことでフィット感も増した。さらに、レンズ両端の上部も複雑な形になっており「暑さ対策でキャップをかぶった際にツバと干渉しない形状にしてあります」(山尾氏)という計算もなされている。

 実はツルが下部に付いたサングラス着用の第1号は、2004年アテネ五輪金メダルの野口みずき氏(42)。小柄ながら大きなストライドで跳びはねるフォームが持ち味のため、求めたのは「ズレにくさ」。そこで同モデルが誕生した。大満足の野口は見事に金メダルを獲得し、さらに改良を重ねて前田に引き継がれた。

 女子マラソンでサングラスといえば、00年シドニー五輪金メダルの高橋尚子氏(48)がスパート時に華麗に投げ捨てたシーンが「カッコいい!」と話題になった。しかし、開発担当としては「最後まで不快感なく着用し、ゴールシーンでサングラスが映っているのが一番うれしいですね」と本音を漏らす。前田はMGCでスパート時もサングラスを着用。ラスト約100メートルで外し、大事に手に持ってゴールテープを切った。「メーカー冥利に尽きます」と開発担当も大感激だ。

 さらに、もう一つ秘密がある。前田モデルはレンズ自体の色が暗めで、顔を覆うような形状。その上で光を反射するミラーが表面にコーティングされているため、外から目が非常に見づらい。「レースの駆け引きの中で、相手の目を見ると疲れ具合が分かるという選手もいます。目線を隠すことで相手に弱みを見せない。目は口ほどに物を言う、ということです」(山尾氏)。

 物理的にも心理的にも優位に立てる勝負アイテム。これさえあれば、東京五輪も“持ったまま”で1着ゴールを切るだろう。