【2021プロ野球残念案件】「敗戦の責は将が負うもの」。8年ぶりBクラス転落の責任を取り、ソフトバンク・工藤公康前監督(58)は7年におよんだ長期政権に終止符を打った。潔く去った名将に、ホークスファンは後ろ髪を引かれる思いだったはずだ。これほどまでに「続投」を望まれる監督も珍しかった。ファンだけでなく、球団、そして、あの偉大なるドンたちからも…。辞任報道後の〝大逆転続投〟を探る動きは、まさに超異例だった――。
 
 退任から時間がたった昨年12月、孫正義オーナー(64)は工藤前監督の姿のないスポンサーパーティーのVTRあいさつで、改めてこう謝意を伝えた。「本当に工藤監督には感謝しても、感謝しても、足りないぐらい感謝をしています。7年間でリーグ優勝3回、日本一5回。7年間のうちに5回の日本一ですからね。これはすごい記録なんじゃないかなという気が致します。そういう(安定した戦いの)中で今年13年ぶりのシーズン負け越しということでしたが、僕らは一生懸命、工藤監督にはぜひこのままとどまってほしいということをお願いいたしました。ですけれども、工藤監督の〝男の美学〟ということで大変潔く退任されました。我々としてはいつまでもお引き止めしたい気持ちを持っていたんですけれども、そういう決断ということでございましたので、ここから先は決意新たに何としてもこの悔しさを倍返し、3倍返ししなきゃいけないと思っております」。〝世界の孫〟が最大の敬意を表した異例のスピーチだった。

 孫オーナーは現場に一切、口出しをしない。それは王貞治球団会長(81)への絶対的な信頼が根底にあるからだ。「王イズムの継承」が球団の理念。ソフトバンクは常にそのための最適解を選択してきた。王会長の下、その流れをより強固にするなら「工藤続投」――。それが答えだった。

 フロントは新たに2022年シーズンからの複数年契約を望み、夏から続投を要請した。開幕前から本人が「辞意」を懐に忍ばせていたことは把握した上で、再三の説得を続けていた。だが、名将の意志は固く10月に入って「辞任報道」が出た。これにより「今季限りの退任」が既成事実化。普通なら、ここでフロントとしては〝終戦〟を迎える。

 だが、逸話として語り継がれるであろう事態は、この後に起きていた。翻意にかすかな望みを持つフロントの総意を携え、慰留のため王会長が指揮官との会談をセッティング。後に王会長が「本人の意志がどうしても固かったので、それを受け入れざるを得なかった」と述懐したように〝延長戦に持ち込んでの大逆転ホームラン〟とはならなかったが、ここまで続投を懇願される名将は稀有だった。孫オーナーから託された最高決定権者である王会長の〝最後の慰留〟を経て、フロントはようやく新監督選定に本腰を入れた。

 ホークスとは全く無縁の球界OBを含めた最終候補者の中から、一軍から三軍まですべてのカテゴリーで指導者経験のある藤本博史前二軍監督(58)が内部昇格する形で新指揮官に就いた。「世代交代」への歩みを加速すべくスタートした藤本政権。新体制で臨んだ宮崎秋季キャンプの裏で、工藤前監督はひっそりと退任あいさつを済ませていた。11月中旬、孫オーナーを直接訪問。7年間、全幅の信頼を寄せてくれた総帥に謝意を伝え、肩の荷を下ろして懇談した。

 男の美学を貫き、再三再四の続投要請を受け入れることはなかったが、双方が礼を尽くして蜜月関係に終止符は打たれた。辞任報道後の異様な1週間――。そこには世間の知らない攻防があった。