3日に91歳で死去した作家の西村京太郎さんへの追悼コメントが、SNSで続いている。トラベルミステリーを中心とした推理小説の大家に、東京五輪を題材にした近著があったことは、あまり知られていないのかもしれない。

 ドラマ化された作品も多かった西村さん。SNSでは訃報から時間が経過した最近でも「追悼番組待ってます」「各局で2時間サスペンスやってほしい」などと待望コメントが流れる。

 そんな西村さんは一昨年4月、十津川警部シリーズとして「東京オリンピックの幻想」(文藝春秋)を刊行していた。ミステリーではない。2020年東京五輪(21年に延期)開催にあたり、失敗も想定して五輪について考えておくよう、十津川警部が上司に指示されたところから物語が始まる。

 十津川警部がたどりついたのは、戦争のため開催を返上した「昭和十五年の東京オリンピックの失敗」だった。以下、東京市(当時)の五輪担当職員を物語の進行役に、満州事変を起こした関東軍の参謀・石原莞爾をキーパーソンに据え、「失敗」の経過があぶりだされていく…。

 十津川警部の登場はプロローグと最終章、研究の助っ人である大学准教授との対話の場面。准教授は五輪を返上した1940年当時を振り返りつつ、現在に至る日本スポーツ界の精神主義、知性や倫理の低水準などを十津川警部に語る。大学アメフトの危険タックルなど、実際に起きた問題を示唆する事例も指摘された。

 研究の末、40年、64年の東京五輪について考えをまとめた十津川警部。20年大会こそ「日本における近代スポーツ精神が、試される時だと思うのです(中略)今回の東京オリンピックは、本当の意味で、成功すると思いますか?」と准教授に投げかけ、一定の回答を得て終わっている。

 まさかのコロナ禍に見舞われた21世紀の東京五輪。十津川警部の感想を読むことはできない。