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カタルシツ『地下室の手記』が、2月25日、東京・赤坂RED/THEATERで初日の幕を開けた。劇団イキウメの別館として生まれ、劇団からはみだしたものを上演する「カタルシツ」。その第一弾となった今作は、一昨年の初演時に、作・演出の前川知大が第21回読売演劇大賞優秀演出賞を、主演の安井順平が、同優秀男優賞を受賞した。その好評を受けて再び舞台に上がった作品は、全編を安井ひとりで演じる新演出になり、さらなる悶絶と抱腹の世界に変貌している。
原作はドフトエフスキーの同名小説。世間から軽蔑された男が、自分を笑った世界を笑い返し、攻撃し、絶望のなかでもがいていく手記である。前川はその小説世界を大胆に脚色。帝政ロシアを現代日本に、手記をニコニコ動画の生放送に変えて、地下室に引きこもる40男に自意識問答を繰り広げさせる。他人と関わろうとして失敗した話、ある女との後悔の念にさいなまれる出来事など、物語で起こるイベントは原作通りのようだが、まさに今が描かれていると感じられる構成が、見事である。
まずユニークなのは幕開けだ。安井は安井本人として登場。いわば“前説”のように観客に誰もが経験するエピソードを語りかけ、自意識というものは誰でも持っているやっかいなものであるということを自然に植え付けていく。これから語られるのは“私”のことでもあるのだと。そうして、孤独な主人公が、警備員のアルバイトをしていた30歳の頃の話が始まるのだが、ニコ生の仕掛けがまた、思わぬ効果をもたらす。男が暮らす地下室のセットには、世間に毒づく彼に対して、つっこみを入れるニコ生のコメントが壁面に次々と現れ、その悲壮感を突き放していく。自意識過剰でプライドが高くて、それゆえ、現実の自分が受け入れられなくて苦しみ、卑屈になっていく舞台上の男を、そして、それをとても他人事とは思えぬ私たち自身を、同時に思い切り笑うことができるというわけだ。
前回、小野ゆり子が演じた「理沙」とのエピソードを今回は安井ひとりで見せることによって、彼女に向ける言葉のイタさも際立った。観客それぞれの「理沙」像を通じて、男の後悔の大きさもより胸に迫ってくる。人前で語ることが演劇の原点であるならば、安井のこのひとり語りは、まさしくその原点を堪能できるものであろう。しかも、彼が口にし、表現した途端、どんなクズ発言もチャーミングに聞こえてくるのだから不思議だ。どうしようもない男の話ではある。だが、必ず胸のすく思いになるはずだ。
東京公演は3月9日(月)まで。その後、3月13日(金)から15日(日)まで大阪・HEP HALLでも公演。チケット発売中。
取材・文:大内弓子
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