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ケラリーノ・サンドロヴィッチが、かのゴーリキーの名作に挑んだ舞台『どん底』が4月6日、シアターコクーンで幕をあけた。
舞台は、最下層の人々が集う安宿。熱血漢の泥棒ぺーペル(江口洋介)、大家(若松武)と妻のワシリーサ(荻野目慶子)、その妹・ナターシャ(緒川たまき)。アル中の役者(山崎一)、錠前屋(大鷹明良)と瀕死のその妻アンナ(池谷のぶえ)、自称・元貴族の“男爵”(三上市朗)、いかさま師サーチン(大森博)、揚げ足取りの帽子屋(マギー)、男性不信の饅頭売りクワシニャー(犬山イヌコ)、恋の妄想にふける娼婦ナースチャ(松永玲子)、男爵を捜す不気味な男セルゲイ(大河内浩)……その状況に悲観的な人間もいれば、意外と楽観的な人間もいる。そんな中、巡礼の老人ルカー(段田安則)の登場が、彼らに小さな変化をもたらしてゆく。
KERA作品らしい軽妙さは有るものの、前半は淡々とそれぞれの登場人物たちの状況や造形が描かれるという印象が強い。KERAがパンフレットで「原作と違い今回はそれぞれの人物の“関係性”を重視した」という通り、安宿に住む個性的な住人たちにはそれぞれ感情の交差がある。ワシリーサと浮気中のぺーペルは、姉夫婦に虐げられながらも純粋さを失わないナターシャに惹かれ、その現実にいらだちを募らせるワシリーサ。アンナと錠前屋に複雑な思いを抱くクワシニャー、ナースチャと男爵の関係…暗い地下室のような部屋で繰り広げられる閉塞した人間模様に、“希望”を説くルカーの言葉が福音のように響き、彼らの心を密かに揺さぶっていく。
が、その抑制は第二幕で一転することとなる。屋外の開放感あるセットに変わり、住人の心に“希望”という光が生まれたことを象徴するように見えたのもつかの間、緊張感をはらんだ大家夫妻とぺーペル、ナターシャの関係がとうとう破綻する。その瞬間の大カタルシス、幸福な風景が坂道を転がり落ちるように悲劇へと変化していく様は、まさに“KERA節”が炸裂。
1幕で住人の中に生々しい関係性を匂わせることが成功しているからこそ、2幕の展開がより悲惨さを増す。演出はもちろん、それぞれの役を演じた俳優の力量がすばらしいというのも成功した理由だろう。特にルカーを演じた段田安則の台詞は、その存在感で住人たちと同じように観客をも翻弄していく。そして彼が煙のように消えた後にその事実に気がつき、愕然とするのだ。しかしルカーだけでなく、全ての役柄がこの作品において“生きて”いる……なんとも濃密な“群像劇”。
原作とはやや異なるラストシーン、宿の中に「カチューシャ」の歌声が響く。“希望”は持つことも失うこともたやすい。“絶望”はいつの世も私たちの周りにあふれている。でも、私たちは生き続けなくてはならない――その歌声の力強さに、不変のメッセージを受け取った気がした。公演は4月27日(日)まで行われる。
取材・文:川口有紀
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