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歌舞伎俳優・中村獅童が、“念願”だったという岩松了の作・演出作品で、小劇場界に初参戦。その舞台「羊と兵隊」が7月5日、下北沢・本多劇場で開幕した。
時は戦時下。舞台となるトリイ家では、長女ナナの婚約者・アマノを迎え楽しく団欒のひと時を過ごしている。一家は裕福で、戦争にもこの暮らしは壊せないとでもいった様子。だが窓の外では時折爆撃の音。そんな中で躁状態の会話を交わす彼らの姿はどこか異様な光景だ。そこへ、長男ルイが帰宅してくる。彼の登場で、気まずさや緊張が走る。それもそのはず、実は彼はルイの身代わりとして出征するために一家に招き入れられた男なのだ。そして本物のルイは納屋に閉じこもっているという……。
戦争という、人間の剥き出しの感情が表出する状況を舞台にしながら、どこか非現実めいた雰囲気が漂う。殺伐とした屋敷のセットや登場人物たちが纏う煤けた衣裳も現実に膜を被せたような感覚を観る者に与える。戦争の政治的背景も、時代設定も語られない。何かしらが存在することを匂わせながら、目の前で展開するのは、登場人物個々の感情の応酬。その感情すら作り物めいて見えるのだが、不思議とおし隠した人間のエゴや悲しみが少しずつリアルに浮かび上がってくる。
獅童は異常な登場人物たちの中でさらに一層際立つ存在感。周囲を黙らせる迫力、異質感がルイの馴染まなさとマッチする。声を荒げたかと思えば寂しげな表情を浮かべ呟く姿も魅力的で、舞台俳優としての力を見せ付けた。ナナを演じるのは辺見えみり。すべての登場人物が腹に一物を抱えているような中で、家族をシニカルな視線で見つめる彼女の存在は最も観客の視点に近い存在であり、その彼女の地に足をつけた演技は観る者に安心感を与える。対照的にクセモノの極みである家政婦カナエを演じるのは田畑智子。彼女の言動をどう受け止めるかで物語の様相がガラリと変わるので要注意。
初日前日に行われた舞台稽古時、記者たちの前で「観る角度によってストーリーも変わる舞台」と獅童が語ったように、目の前で起こっていること、語られていることよりもはるかに多くの情報が背景にある。だから、見方によって、この芝居は極限状態での愛の物語にもなれば、戦争を題材にした寓話にもなるし、もしかしたらスリリングなホラーにもなるかもしれない。観る者によって顔を変える、これこそが目前でライブで行われる演劇の面白さ。そして観客が様々な要素を掬い上げることのできる絶妙の距離感を持つ適度な劇場サイズが、それを可能にしている。この作品はあなたの瞳にはどう映るのか、それを確かめにぜひ劇場へ足を運んで欲しい。
公演は、7月27日(日)まで本多劇場にて。8月1日(金)から3日(日)には京都・南座でも上演される。
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