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失われた情熱を取り戻そうとした60代の女性の恋【東京フィルメックス】
2008年12月01日 19時03分 [映画祭]
『クラウド9』場面写真

老齢期の性愛を題材にした作品は少ないが、それでもオーストラリア映画『もういちど』やフィルメックスで以前上映された韓国映画『死んでもいい』など、この題材に果敢に挑戦する監督たちはいる。しかし前者は上品なイメージの役者を使って美しくロマンチックに、後者は実在の夫婦を使ってドキュメンタリータッチで赤裸々に描くなど、性描写には思案の跡が伺える。『クラウド9』はちょうどその間に位置し、照明をかなり計算して、いやらしくなく、かといってことさらきれいにもならないように描写している。そして手持ちカメラはドキュメンタリーのように家庭に入り込んで、彼らのプライバシーをありのままに見せる。

主人公は再婚して30年程連れ添った夫のいる60代女性インゲ。彼女はあるとき衝動に駆られ76歳の男性と肉体関係を結んでしまう。「あの人のことを思うとお腹でチョウが舞うの」と10代のようなときめきを感じている。夫への告白は、罪の意識に耐えられなかったというよりも、自分がまだ“生きている”ことをわかってほしかったのだろう。そして残酷なことに、夫に認めてもらうことで、夢のような気持ちに実感を持たせたかったのだ。失われた情熱を取り戻したいという気持ちは死に近いぶん中年の危機よりも切実、だが反対に恋心は十代のように無防備で自分勝手である。そのせいで夫は死を選ぶのだ。このあたりの心の機微を監督は実直に描くことで、波紋の大きさをより浮き彫りにさせた。だが夫もまた情熱を取り戻したといえる。絶望も情熱の一種なのだから。インゲはその情熱に初めて叫び声を上げる。恋よりも深い叫びを。

老齢期はただ死に向かって準備をしていく穏やかな時期ではなく、様々な激しい感情の名残を握り締め、心の底に叫びを押し込めているのだろうか。インゲらシニア世代がコーラス教室に通ったり、そこで歌う歌が彼女の心を代弁しているのも、叫びの代償なのかもしれない。

文:木村満里子

『クラウド9』
■東京フィルメックス

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