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秋元松代の傑作『近松心中物語』を、4月にKAAT神奈川芸術劇場の新芸術監督に就任した長塚圭史が演出。9月20日(月・祝)まで同劇場にて上演され、北九州、豊橋、兵庫、枚方、松本へとツアーが続く。物語の舞台は元禄時代の大阪。飛脚宿亀屋の養子・忠兵衛と見世女郎の梅川、古物商傘屋の婿養子・与兵衛とその妻のお亀という、ふた組の男女の悲恋を描く。
長塚がこだわったのは、セットを極力排除したシンプルな舞台。幕開け、そのなにもなかった舞台に、人々が集い、鳴り物と歌によって一気に華やかな遊郭街が立ち上がる。そこに溢れるのは人々の“生”のきらめきであり、これから「心中物語」が展開されるとは思えないほど。だがこの賑やかな“生”があるからこそ、後の“死”がより鮮明に浮かび上がるのだろう。
忠兵衛と梅川の出会いは突然。舞台奥から梅川が登場し、ゆっくりと忠兵衛とすれ違う。その一瞬でふたりはお互いに心奪われ、離れがたい存在だと悟るのだ。婿養子という立場にあるためか、それまでは常に奥手でお人よしであった忠兵衛。だが梅川の存在は、そんな忠兵衛を大きく変化させていく。演じるのは田中哲司。梅川に対する実直でひたむきなその姿に、強く心打たれる。梅川役には、数多くのミュージカル作品でヒロインを演じてきた笹本玲奈。忠兵衛への熱い恋心が遊女らしい色気の中に滲み、俳優として新たな一面を垣間見せている。
忠兵衛と梅川が王道の悲恋の物語だとするならば、与兵衛とお亀は少し様相が異なる。ふたりはすでに夫婦であり、そこに障壁はないように思えるからだ。またどこか頼りない与兵衛と、与兵衛ひとすじの箱入り娘・お亀のやり取りは、傍から見ればとてもかわいらしい。特に遊女との仲を疑い、その想いを真っすぐ与兵衛にぶつけるお亀の嫉妬ぶりは、つい笑ってしまうほど。演じる松田龍平、石橋静河もそれぞれハマり役だ。しかし身分違いの恋、という点では忠兵衛、梅川と変わらず、ふたりも心中の道を歩んでしまうことになる。
演出の長塚は、「死は生を鮮やかに照らします」と語る。ふた組の死を取り巻く、日常を生きる市井の人々の生があってこその、『近松心中物語』なのだろう。ここで起こった事件は悲劇ではあるが、観劇後の胸に残るのは、希望という名の灯だ。人間という生き物はどうしようもないほど情けなく、そしてたくましい。ラスト、劇場に鳴るスチャダラパーのラップは、迷える人々への応援歌のようにも響いた。
『近松心中物語』ぴあ半館貸切公演
2021年9月10日(金)、9月11日(土)
会場:KAAT神奈川芸術劇場 ホール
取材・文:野上瑠美子
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